アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
気持ちの行方 2
-
「まずはもう商売を辞めろ」
「は?」
「他の野郎に抱かれるのはもう我慢できない」
眉間にシワを寄せ、本当に嫌そうな顔をするリュウを見て、ツキンと胸が痛んだ。
「……無理。金が必要だから」
そう言うと、リュウは難しい顔をする。
「……母の入院費用か?」
「……そうだ」
「大丈夫だ、それは俺が払う」
「はぁ?」
なにを、当たり前だろう?みたいな顔して言ってんだよ。
「いい。あんたの金じゃないだろう?」
どうせ親の金だろう?
言いたいことを感じ取ったのか、リュウは自信たっぷりにクッと笑みを浮かべた。
「そこらへんの馬鹿と一緒にするな。俺が働き稼いだ金だ、どう使おうが勝手だろ」
そういえば、リュウは既に仕事してるんだった。
──だけど。
「払ってもらう義理はない」
「何を聞いていた。俺はお前が好きなんだ。好きだから、他の奴に触らせたくない。
だから払うと言ってる」
う、ぁ………。
どストレートな返しに、顔が赤くなる。
「……あんたの気持ちは、嬉しい…けど。俺は商売を辞めるわけにはいかない」
そう。俺は、辞められないんだ。
「何故だ」
……その理由をあんまり言いたくはない。
だけど、理由を言わないと納得してくれなさそうな雰囲気に、俺はしぶしぶもう一つの理由を口にした。
「──借金が、あるから」
俺の言葉に、眉を寄せ訝しがるリュウ。
「……父親が遺した借金を返済しないといけないんだ。だから辞められない」
「……いくらだ」
金額を聞いてくるリュウに、俺は言いよどむ。
「いくらなんだ」
再強くび問いかけてくるリュウに、俺は金額を口にした。
「──五千万、だ」
その金額に目を見開くリュウ。
「……だから、返済が終わるまで辞めることは出来ない。
悪いことは言わない、もう俺に構うな。
ただの生徒会仲間、先輩後輩──ただそれだけでいた方がいい。
あんたの気持ちは嬉しいけど、俺に関わらない方が身のためだ。
好きなんて感情、時間が経てば消え、て──…」
消えていくから。
そう続けようとした言葉は、リュウが急に抱きしめてきたことによって途中で止まった。
抱きしめる力強さに、続けることが出来ない。
体が揺れ、大人しく膝に座っていたマメが驚いて飛び降りたマメの不思議そうな目。
「お前は、ひとりでそんなものを背負っていたのか」
リュウの言葉が、耳に響く。
「五千万、俺が用意する。だから─もう辞めろ」
優しく背中を撫でられる。
一瞬、このまま甘えてしまいたい衝動に駆られるが、俺はリュウの胸を押しその温かい場所から抜け出した。
「…出来ない」
「何でだ」
「契約、だから」
「契約……?」
そう。アイツと交わした契約が、俺を縛っている。
「”俺自身の体で稼ぎ毎月50万ずつ収める。その中には母さんの治療費も込み”か、”どんな方法でもいいから翌月までに全額返済、母さんの治療費は関与しない”か二つにひとつ。
俺には選択肢がひとつしかなかった。売春を選ぶしかなかったんだよ」
リュウの瞳が揺れる。
「途中の契約変更はしない、万が一契約に反する事があれば──母さんの命の保証は……ない。
そう、言われてるんだ」
俺の言葉にリュウの目が見開き、驚きを露わにする。
「だから、俺は続けるしかない。あんたの気持ちだけもらっとく。ありがと」
──笑えて、いるだろうか。
切なそうに顔を歪めたリュウは、再び俺を抱きしめた。
「──無理して笑うな。そんな笑顔が見たいんじゃない」
やっぱりうまく笑えてなかったか。
おかしいな。前までは仮面を被るのは得意だったはずなのに。
嘘もごまかしも、通用しないのは母さんただ一人だったのにな……。
──あぁ、そうか。俺は、リュウに対して───。
込み上がってきた感情に、クッと唇を噛みしめる。
「──お前に商売を促した人物は、お前を買った客まで管理しているのか?」
リュウに唐突にそんなことを聞かれる。
「街に行ってるかどうかは情報が流れてるみたいだけど……さすがにどんな客が買ったかまでは知らないと思う」
なんでそんな事を聞く?
疑問に思っているとリュウは俺の肩を掴み、真剣な目をして俺をじっと見つめてきた。
「なら、俺がお前を買う」
「──は?」
「いい案だろ?
お前を他の奴に触らせないで済む、俺はお前を抱ける、商売をしているんだから契約にも反しない」
何を言い出すかと思えば──!
「何言って……そんなこと、」
「俺はお前の力になりたいんだ。俺を利用したらいい」
俺は、戸惑い迷う。
確かに今俺は体を売る行為を割り切れなくなっていた。
募る嫌悪、虚しさ、苦痛。
だけど、これ以上リュウに関わるのが──コワイ。
今ならまだ引き返せる。今なら───。
考えを巡らせていると、リュウの携帯が鳴りだした。
チラリと俺を見たリュウは携帯に手を伸ばし、会話を始める。
「はい、……え?分かりました、すぐに向かいます」
電話を切ったリュウは、俺の腕を引っ張り立ち上がらせた。
「母親の意識が戻りつつあるかもしれないと連絡があった。うわごとのようにお前の名前を呼んでいるらしい。
すぐに病院に行くぞ」
「え……」
母さん…本当に?
リュウは一度寝室に行くと、黒の薄手のパーカーを持ち戻ってきた。
「そのまま学園を歩くのはまずいだろう。暑いかもしれないが被っていろ」
俺はパーカーを受け取り、袖に手を通したあとフードを目深に被った。
リュウの体格に見合ったそれは、すっぽりと俺を覆い隠す。
腕を引かれ、部屋を出る。
何人かの生徒とすれ違ったようだったけど、俺はそんなことを気にする余裕もなく──リュウが呼んだらしい黒塗りの車に乗るように促された。
病院につき、病室に行くとそこには木宮センセイがいた。
俺はフードを取り母さんのそばに行く。
「──聖夜、くん?」
俺の姿を見たセンセイは驚きを露わにしていたが、リュウがすぐに声をかけた。
「白川聖夜本人です、良和(ヨシカズ)さん」
「隆盛くん?何か…事情があるのかな…?
聖夜くん。さっき、少し指が動いたんだ。君の名前も呼んでいた。耳もとで声をかけてあげて。
僕は出たところにいるから、何かあれば呼んでね」
俺はセンセイの言葉に頷き、母さんの手を握る。
リュウとセンセイが病室を出て行った。
「──母さん。母さん。目を覚まして。……母さんっ」
お願い。目を開けて。───笑って…。
「──せ…や…」
ずっと呼び続けていると、酸素マスクの音に紛れて小さな声が聞こえた。
「……っ!母さんっ!ここにいるよ、母さん!」
「──せい、や……」
母さんのまぶたが震えたかと思うと──ゆっくり、ゆっくりと翡翠色の目が現れた。
「母さんっ!」
目が宙をさまよい、俺を捕らえた。
「──せいや……」
──母さんが、笑った。
「……っ、か……さん…っ」
手をギュッと握る。
弱々しい力だったけど、母さんが握り返してくれた。
「…っ…センセイ、呼んでくる、から、」
そう言って離そうとした手を、さっきよりも強い力で握ってきた母さん。
その力に、俺は動きを止める。
「母さん……?」
母さんは、いつもの優しい笑顔で笑った。
「……り……と……………い、……き…よ…………」
そしてゆっくりと瞼が閉じていく。
「……母さん……?」
ピッ、ピッと鼓動を刻む音がやけにゆっくり聞こえる気がする。
突然、辺りに甲高いブザー音が鳴り響いた。
──それは、さっきまで鼓動のように刻まれて鳴っていたはずの、音。
「……母さん──?」
───いやだ。
「──っ、母さん!ねぇ!母さん、目開けて!」
母さんの手を握り叫ぶ。だけど、握り返してくれない。
「聖夜くんっ?」
センセイが慌てて入ってきた。
すぐに母さんの状態を確認しはじめ、ナースコールに手を伸ばし指示を出し始めた。
「母さん!いやだ!目を開けてよ!」
俺はただ叫ぶことしかできない。
「白川、」
リュウが俺の肩を掴み、母さんから離そうとする。
それに抗っていると、後ろから抱き込まれた。
「嫌だ!離っ……!母さん!」
「白川!」
バタバタと駆け込んでくる看護士たち。
俺はリュウの腕によって病室の壁際に連れて行かれた。
母さんのそばに行こうとする俺を、リュウの腕が止める。
「いや、だ……、母さ…、ひとりに、しないで……」
センセイが険しい顔で母さんを見ている。
俺の中に広がる不安、恐怖。
今まで、母さんは持ち直してきた。今度だって──。
センセイが俺を見る。唇を噛みしめ、辛そうに顔を歪め、そして首を横に振った。
──いやだ。助けて。今まで何度も助けてくれたじゃないか。
力の弱まったリュウの腕から抜け出し、センセイの元へ駆け寄る。縋るようにセンセイを見上げた。
だけど、センセイの顔は険しいままで。
───母さんの目が開くことは、もう無い………?
襲い来る絶望感。
「いや、だ……。か、あさ……!」
その場に崩れ落ちる俺を、リュウが抱き留めた。
母さん、いやだよ。俺を置いていかないでーーー……。
リュウに抱きかかえられたまま一度病室の外に連れて行かれ、廊下にあったベンチに座り、ただぼーっと床を見つめる。
リュウはずっと俺の肩を抱いていてくれた。
”ありがとう だいすきよ”
母さんの最期の言葉が繰り返し繰り返し甦る。
ボロっと突然涙が溢れてきた。
すると、リュウが俺を強く抱きしめる。
「泣け。我慢するな」
俺はリュウの服の裾を掴み、その胸に縋る。
「ふ、………っ、う、ぁ………っ」
母さん。俺はひとりになっちゃったよ。
たったひとり、母さんが心の支えだったのに──。
俺はこれから何を支えに生きたらいい?
リュウの腕の中、止まることのない涙。
現実から逃げるように、俺は意識を手放した。
どうか、目が覚めたら……全て、何もかも──夢でありますように、なんてバカなことを願ながら──…。
目を覚ますと、そこはどこかの病室のようだった。
──誰も、いない。
現実はやっぱり残酷で、俺はどうしようもない虚無感に襲われた。
なんにも、ない。もう俺には、何も──。
扉の開く音がしてそっちを見ると、入ってきたのは木宮センセイだった。
「気がついたんだね」
「……はい。あの、会ちょ……隆盛先輩は、」
「今電話をかけにいってるよ」
「そうですか……」
近くにいたことに、ホッとする俺がいた。
「それでね、今……あ、こちらです」
扉から顔を出し廊下を確認をしたセンセイは、誰かに声をかけた。
「今さっき来てくれたよ」
そう言ってセンセイが促した先に居た人物に、俺は目を見開き固まる。
な、んで──、
「先生、聖夜と2人にしてもらえますか。話したいこともありますし、まだ聖夜は混乱してるでしょうから」
「分かりました。手続き等はまた後ほどに。ナースセンターに声をかけてください」
「はい」
奴がセンセイと会話をしている間、俺の心臓は嫌な音を立て続ける。
センセイが病室を出て行くと、奴はそれまで浮かべていた笑顔を消し、何の感情も無い瞳で俺をとらえた。
「久しぶりだなぁ、坊や」
「──なんであんたがここに……」
「あ?そりゃお前の後見人だからな。母親に何かありゃ連絡ぐらい来るっつーの」
あー、タバコ吸えねーんだな、と舌打ちしながらベッドに腰掛ける男──八澤。
無精ひげは剃られ、ダークグレーのスーツに身を包み、見た目の印象は30代半ばのビジネスマン。
俺は八澤を睨みつける。
「帰れ」
「俺だって帰りてぇっつの。けどお前の母親が死んじまったから、手続きやらで来いっつわれてわざわざ出向いてやったんじゃねぇか。
未成年のお前じゃできねーことが沢山あんだよ、坊や」
その言葉に唇を噛む。俺は、何も反論ができない。
確かに未成年の俺が出来ることは限られてくる。
重要なことになると、どうしても”大人”の力を借りなければならない。
──例えそれが、憎む相手でも。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
50 / 102