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夢と現実
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”──聖夜”
あぁ。今日も、声がする。
”──聖夜”
また、絶望が俺を襲うのか。
”──泣くな、聖夜”
無理だよ。勝手に溢れてくる。
あぁ、どうか。夢なら、覚めないで。
「……ゅ、…せ…」
覚めないで、そういくら望んでも──意識は勝手に浮上する。
はらはらと流れる涙。
拭うこともせずに、俺は再び目を閉じた。
──隆盛。
口の中で、名前をつぶやく。
「いい表情になってきたね、聖夜」
俺の頬をそっと撫でながら、笑みを浮かべる小笠原。
──何も、感じない。
怒りも、憎しみも、全ての負の感情に、疲れた。
「ふふっ。壊れ始めた君は、最高に美しいよ」
猫のような瞳が弧を描く。
俺は感情が麻痺したかのように、ただただその瞳を見た。
満足そうに笑う小笠原を見ても、なんの感情もわいてこない。
──何も、感じたくない。
もう、疲れた。
与えられる苦痛にも。
囁かれる苦言にも。
ただ、唯一。
時折見る夢だけは、甘く悲しい感情が渦を巻く。
だけど、最近ではそれもすぐに消え失せてしまう。
珍しく、この日は静かな夜が訪れようとしていた。
小笠原と八澤は夕方から外出したらしい。見張りの男がそう誰かに言っているのを聞いた。
この屋敷に来てから必ずどちらかが部屋へと訪れていたのだが、日付をまたいでもやって来る気配は無い。
ゆっくり、ゆっくりと、睡魔が襲ってくる。
最近、すごく眠い。
四六時中、睡魔は俺を襲い、夢に誘(イザナ)う。
現実から逃れるためか。
はたまた──まだしつこく夢に縋るためか。
だんだんと降りる瞼。
抵抗もせず、身を委ねた。
──ぃや。
あぁ。また、夢だ。
──せいや。
………?夢、なのに。
──聖夜。
……どうして、姿が見える?
──聖夜っ。
あぁ。とうとう頭がイカれたかな。
幻覚まで、見えるようになった。
でもさ。どうせ幻覚なら。
そんな、眉間に皺寄せた、辛そうな顔じゃなくてさ。
ホッとする、優しい、笑ってる顔がいいな。
ねぇ、隆盛。笑って。
再び瞼が降り始める。
あぁ。幻でもいいから。
もっともっと、眺めていたいのに。
…………あたたかい。
なぜ?
背中に伝わる熱。
そしてそっと頬に伝わる熱。
──目を開けろ、聖夜!
その声に、だんだんと意識が覚醒し始める。
そして、目に映る、顔。
「……ゅうせ……」
口から零れた名前。
その瞬間、痛いほどの圧迫感が俺を襲った。
───え……?
「……ぃや、聖夜、聖夜っ……」
耳元で聞こえる名前。
──え?
──どうして?
圧迫感が無くなったかと思うと、俺を見つめる黒い瞳と視線が合う。
……なんだ、やっぱり、幻。
だって、ほら。
だんだんとぼやけてくる。
絶望が俺を襲おうとした、その瞬間。
頬をあたたかいものに包まれた。
「……お前は、俺が見つける時にはいつも泣いているな」
鼓膜を優しく揺らす、低音。
頬を覆う両手が、涙を拭っていく。
「言ったはずだぞ、聖夜。ひとりで泣くな、と。泣くときは、この中だ」
包まれる腕の中。頬に感じる、熱。
優しく響く──鼓動。
幻、じゃない──?
「……りゅう、せ……?」
「あぁ」
確かめるために、両手をまわす。手が、腕が震えた。
──ちゃんと、掴める。
「……っ、……りゅうせ…!」
ぎゅっと強く抱きしめられ、その力強さと熱が、これを現実だと知らせてくる。
「……ふ、…ぅ…りゅ、せ…っ」
ぎゅっとシャツを握りしめ、溢れる涙を堪えられずにいた。次から次へとこぼれていく。
「聖夜。後でいくらでも抱きしめてやるから、先にここから出るぞ」
隆盛は言ったその言葉に、体が硬直した。
隆盛が俺の体を持ち上げようとしたが、俺は咄嗟に隆盛から逃れた。
「聖夜?」
「…ダメ、」
俺は首を振り、隆盛を見上げた。
ダメだ。そんなことをしたら、あいつは──。
傷ついてほしくない。失うのは、嫌だ。
喪(ウシナ)うのは、もう嫌なんだ。
「行けない……」
隆盛がここに居る意味。
……きっと、俺を助け出しに来てくれた。
そんなことをしてもらう価値は、俺には無いんだよ。
「早く、行って……」
早く。あいつらが居ないうちに。
「お願い……」
懇願するように、隆盛を見上げる。
隆盛は真っ直ぐ俺を見つめため息をひとつつくと、強引に俺を引っ張り上げ肩に担ぎ上げた。
「……っ、隆盛!嫌だっ、降ろせ……!」
「煩い、お前はただ黙って助けられてろ」
そのまま部屋の外に出た隆盛は、屋敷の廊下を大股で歩き出す。
廊下の片隅で、見張り役の男が倒れているのが見えた。
「りゅうせ……!」
そうだ、あいつらが居ないとはいえ、ここには八澤の部下がいるはず。
なのに屋敷内は静まり返っていて、誰も出てこない。
なぜ?
俺の部屋に来るまでに必ず誰かに見つかるはずだ。
困惑気味に考えを巡らせていると、知っている声が耳に届いた。
「隆盛!急いで!何かに感づいたらしい。もうすぐ戻ってくる!」
「相楽、先輩……?」
担がれてる体勢の俺の視界の先は、隆盛の背中。この状態では姿を見ることた出来ないけど、確かに相楽先輩の声だ。
「ちっ。やはり馬鹿ではないか」
舌打ちをした隆盛は俺を横抱きにすると、走り始めた。
この体勢になったことで、横を走る相楽先輩と目が合う。
相楽先輩は俺に微笑み、そして前を向いた。
相楽先輩までいるなんて……まさか……?
思い浮かんだもうひとりの顔。
やはり、というか。その人は曲がり角を曲がった所で合流してきた。
「隆盛、ちょいヤバいかも。連絡入ったときには既に帰った後だった。
あ、しろっち、おひさー」
「木宮先輩……」
俺を見てへらっと笑い、隆盛へと視線を移した。
「なんですぐに連絡を寄越さなかった?」
「八澤にやられたんだって。30分ぐらい気を失ってたらしい」
隆盛はそれを聞いて再び舌打ちをすると、走るスピードを上げた。
玄関には向かわず庭先から広場に出ると、そこには後ろ手に縛られ転がされる男たち。
「リュウ、遅ぇ」
声の方へ顔を向けると、そこにはルイがいた。
「よぉ、白夜。相変わらず綺麗だな」
「ルイ……」
「僕もいるよー」
「……白夜…」
反対側へ顔を向けるとレンにミツもいた。
「お前ら……、」
驚きに目を見開いていると、さらに俺を驚かせる人物が現れた。
「お前ら、早くずらかるぞ」
「……真吾さん……っ」
なんで、みんな……
困惑に辺りに視線を巡らす。
「話は後だな。とりあえず行く──」
「勝手なことをされちゃ、困るなぁ」
隆盛の言葉を遮るように、後ろから声がかかった。
その声に俺は体を強ばらせ、思わず隆盛の服を掴む。
「僕のモノを、勝手に盗まないでもらえる?」
「ちっ。小笠原……」
派手に舌打ちをした隆盛は、声の方へとゆっくりと振り向いた。
そのことで当然、俺の視界にも映る人物。
今俺たちが抜けてきた庭先に立つ2人。
「急いで帰ってきて、裏口から真っ先に君の部屋に行ったのに、もぬけの殻。
でも、間に合ったみたいだね。良かった」
小笠原はふふっと俺を見て笑い、次いで隆盛を見た。
「手の込んだことをしてくれたね?
トラブルが浮上、急な会議。最初はあまり疑わなかったよ。
なにせ、連絡を寄越したのは僕が提携を結びに来た企業の人間だったからね。
まさか僕を騙すなんて、思いもしなかった。
まぁ、のらりくらりと話を伸ばし始めて、だんだんと怪しさが増してきたけど」
一度言葉を切った小笠原は、半歩後ろに立つハ澤を見上げた。
「新がキレてくれなかったら、少し遅くなるところだったよ」
ハ澤の頬をそっと撫でると、再び隆盛に視線を戻した。
「君の差し金かな?本田隆盛くん。
企業を買収でもした?随分手が込んでるね。そんなに、聖夜が大事なのかな?」
「あぁ。大事だな」
「そう。でも残念。聖夜は僕のモノなんだ」
隆盛の答えに一瞬冷めた表情をした小笠原は、俺へと視線をずらした。
そして、俺を見て目を細めて笑う。
「聖夜。帰っておいで」
顔は、笑っている。でも、瞳の奥は冷えていた。あの、目は。父さんに死ねと告げたときと、同じもの。
ダメだ。戻らなきゃーー。
「……降ろして」
「嫌だ」
「……っ、降ろせ……っ」
「嫌だと言ってる」
手足をばたつかせても、隆盛の力に抑えこまれる。
「聖夜は帰りたがっているんだ。離してくれないかい?」
「聖夜は望んでいない。貴様が脅しているだけだろう?」
鼻で笑い、挑発するように小笠原を見据える隆盛。
「……気に入らないね。僕を──小笠原を敵に回すつもりかな?」
そんなのダメだ!隆盛を喪いたくない。
「………っ、隆盛っ。離せ……!」
ダメだ、ダメだ、そんなの……っ。
「暴れるな。黙っていろ、聖夜」
隆盛はギュッと腕の力を強くし俺の顔を覗き込みそう言うと、再び小笠原を見据えた。
顔に、笑みを浮かべて。
「敵に回す、と言ったら?」
隆盛の態度が気にくわないのか、小笠原はスっと目を細めた。
「はっ。勇気のある者だと称えた方がいいのかな?だけど……無謀だよ」
「そうか?俺はお前らの悪事は握っているぞ?確たる証拠も」
隆盛がちらりと相楽先輩を見た。相楽先輩はUSBメモリを掲げる。
「……そう。
でも、いくら黒沢の息がかかってるとはいえ、たかだか”本田”だ。黒沢の中でも末端でしょう?
そんな立場が……しかも君はまだ子供。
黒沢が動くはずがないし、それぐらい小笠原で十分握りつぶせる。
でもまぁ、あくせくと潰して回るのも面倒だしね。今、君たちごと潰しておくようにするよ」
小笠原がそう言い右手を挙げた瞬間、八澤の背後から男共がなだれ込んでくる。
ざっと見た所、三十人ほど。
「君たちは優秀だね?武器庫の暗証番号を変えて入れなくするなんて。
おかげで何も持てなかったよ。だけど、こいつらはプロだ。素手でも十分かな?」
そして八澤がニヤリと笑い、言葉を投げかけた。
「ヤれ」
その言葉を皮切りに、一斉に男共が襲いかかってくるのが、見えた。
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