アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
序章
-
幼い頃から、家庭環境には恵まれていなかった。
母は五月蝿くがなりたて、『この忌み子のせいで!』……そう、いつも言われ殴られた。
いくら女の力とはいえ子供時分の私には到底抗えるものではなく、痣だらけになってただ耐えていた。
もともと体質的に日光に弱く、それゆえわざと炎天下の中に置き去りにされたりもした。
そうして母に虐められる私を、父は庇ってくれていた。……今思えば、母はそうして父に気にかけられる私に嫉妬していたのかもしれない。
「あんたはいらない子なのよ」
「そんな容姿で生まれてこなければ」
「あんたの価値はその容姿だけよ」
「あんたなんか産まなきゃよかった」
浴びせられる罵声にはもう慣れた。慣れざるを得なかった。
……いつしか、私は自分を傷付けることを覚えた。
父に心配されぬよう、できるだけ見えないところになるべく深く傷を付ける。死ぬ気はなかった。が、その傷と溢れる血をみていると、自分は生きている、そう実感できたから、ただそれだけのために。
……いつ頃だったであろうか。母は父に離縁された。母親のことに関してはほとんど何も覚えてはいない。いや、おそらく記憶からほとんどのことを削除してしまったのだと思う。もう、思い出したくないから。
母親が離縁されてからも、時々自傷行為にはしった。しかしそれが見つかれば、父はなんとも言えぬ顔をして、そのあと非常に厳しく私を叱る。私にとっては自傷行為はもはや日常の一部であり、今更やめられないところにきていた。
自分でも随分、ひねくれた子供に育ったものだと思う。
十五になったばかりの私は生きながら死んでいた。見ているようで何も見ておらず、聞いているようでなにも聞いていなかった。詩作も文章の暗記もしたが、詩はいつも最低点だった。媚びたような詩は作れず陰鬱な己の感情を詠み込んでいたから、詩の出来自体は褒められたが、これではなんの試験にも通らないと言われていた。
いっそ、官吏になることなど目指さず詩人にでもなろうか。そうも考える。
手首を切り、その血で筆を濡らし、詩を綴る。陰鬱な己の心境を皮肉混じりに詠ってみせた。血雲という雅号を使い、距離をとりたいからわざとそんな狂気じみたこともするくらい、荒んでいる。
「景」
……それでも、父だけは、ずっと私を気にかけていた。
「いつまでそう拗ねているつもりだ」
「放っておいてください」
商家の屋敷の自室に引きこもり、本を読み血で詩を綴る。数ヶ月間は、父と顔を合わせていなかったように思う。
「……お前の詩の書き損じを、好事家が集めているのは知っているか?」
「そんなこと、どうでもいい」
「お前の詩は、認められていることを知っているか?」
「……知りませんし知りたくもありませんよ。放っておいてください」
確かに、私は拗ねていた。母に植え付けられた劣等感で、どうしても私は私を好きになれなかったから。どうせ自分にはなんの価値もない。
「一度鏡を見てみろ。それで危機感を抱いたなら、私の部屋に来なさい。いいな?」
鏡を見たところで何も変わらない。
私は父の言葉を無視して、部屋でうつらうつらと微睡んでいた。
惰眠を貪る私が起こされたのは、騒がしさからだった。
部屋に他人が入り込んでいる。これほど不快なことはない。しかし、なぜ?
「何をしているんですか」
「可哀想になぁ、お前さんはうちの主人に売り飛ばされたんだぜ?」
そんな言葉が帰って来て、愕然とした。父親に、売られた。捨てられた。
ああ、やはり私はいらない子なんだ……
「そう、ですか」
急に何もかもどうでもよくなって、ふと机の上を見ると小刀が置いてある。いつも私が使っていたそれは、無造作に放り投げられていた。
今度こそ、本当に死んでしまおうか。
刃を首筋に当てると冷たくて、心地よい。
このまますっ、とこれを引いたら、わたしの首筋は裂ける。ぷつりと血管を切れば、血が噴き出す。……そして、死に至る。
「おいっ、あんたは売り物で売約済みだ。あんたの身体はあんたのものであんたのモノじゃあない。傷付けるんじゃないとうちの主人に言われてるんでな」
そのまま小刀を叩き落とされ、私は首筋に衝撃を感じて気を失った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 68