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揺籃
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仕事を終え邸に帰ってくると、懐に仕舞い込んだ符を取り出す。
一応もらったのだ、試してみる必要があるだろう。だが、こんなものに頼らなければならないというのも癪ではある。
杯を満たす水にそっと、符を浮かべてみる。途端に符が一瞬だけ光り、杯を満たす水が何とも言えぬ美しい色に輝いた。符の光が消えると、水も普通の水と何ら変わりないものへと戻っている。
流石にそれだけでは怪しまれてしまうだろう。別の杯に酒を入れ、その盆を持って伯岐の部屋に歩いていく。これならば匂いと杯で区別できて私が間違えて符水を飲む心配はない。
「伯岐、ちょっといいかい?」
扉を叩けば沈んだ声でどうぞ、と返答が返ってきた。昨日のあの散らかりようはどこへやら、いつの間にか綺麗に片付けられており、伯岐は机に突っ伏していた。伯岐の隣に座り、盆を机に置く。一日という時間だが、ずいぶんやつれてしまったような気がする。使用人の報告では、粥と果物はきちんと食べているようではあるが。
「仲影様……」
「少し、飲まないかい?……とはいえ君にはまだ酒は早いだろうから水だけど」
「いただきます」
符水を渡し、私も酒をちびちびと口にする。伯岐はゆっくりと、味わうようにその水を飲みほしていく。喉が上下するのを見て、もう後戻りできないと私も覚悟を決めた。
伯岐が杯を置くのを見計らい、そっと手を伸ばす。思い切って抱き締めた。暖かい体温が布越しに伝わってくる。されるがままだった伯岐が、私の腰に腕をまわして……抱きついている。受け身だった伯岐が初めて私に対して行った積極的な行動だ。
「なんで、逃げたんですか。どうして、逃げたんですか」
鼻声で私を見上げる目は充血して、潤んでいた。逃げてしまった私を非難するなんて、伯岐はきっと飲み込んでしまってすることはないだろう。符水の効果は確かにあるようだ。
「君に、嫌われたくなかったから。君が好意に怯えていることに気付いたのに、私は君に好意を伝えてしまっただろう?」
「……怖いけど、嬉しかったのに。ここに居られるって、嬉しく思ったのに!」
ぐすぐすと嗚咽を漏らすさまは年齢相応の少年の姿だった。遠慮がちで大人びた伯岐の本来の姿。詩人とはいえ愛情に飢えたただの少年なのだ。震える背中を優しく撫でてやる。
「心配しなくても、私は君を捨てはしないよ。言ったろう?私は君に惚れているって」
「……ほんとう、に?」
「君は私に買われた時点で私のものだ。手放すなど勿体ないことをするものか」
「でも、仲影様には、奥方様がいらっしゃるのでしょう?」
内心舌打ちする。ここまで沈んでいたのはあの女のせいか。伯岐は私を離すまいとしがみついており、それがまた庇護欲を煽る。
「あれに、何か言われたのかな?」
「私は、所詮遊びだって、飽きたらすぐ捨てられるって、奥方様の邪魔をするなって」
やはりそうか。私は警告したはずなのだが、どうもあまり効いていないらしい。しゃくりあげる伯岐はただでさえ華奢なのに、普段よりも小さく感じた。
「酷いな。君を大切に思っている私より君を疎ましく思っているあれの言葉を信用するのかい?」
「仲影様……でも、」
「あれの言葉は気にしなくていい。私を、信じてくれないかな」
大きな紅い瞳に涙を溜めた伯岐はこくりと頷いてくれた。
……本当に今回の件については季丹殿に感謝しなければならない。おそらく伯岐が見たいからこんな助け舟を出したのだろうが。きっといつもの伯岐なら無理に笑ってなんでもないと言っただろう。
「甘えたいときは私に甘えなさい。泣きたいときは私に縋って泣きなさい。それとも、それができないほど私は頼りないかな」
「そんなこと……!」
必死で頭を横にぶんぶんと振る伯岐はとても可愛い。頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めた。思わず笑みが零れる。
「ごめんね、意地悪が過ぎたかな」
「いえ……でも、うれしいです……」
覇気のない声にふと伯岐を見れば、眠たそうに眼をとろんと蕩けさせていた。今日はいろいろありすぎて疲れたのだろう。私も昨日一睡もしていない分、眠くて仕方ない。大きな欠伸が出て、それを見た伯岐はくすくすと笑っている。
「仲影様、添い寝、してください。……一人は寂しいです」
「ああ、もちろん」
もう何をされるかわかっているのか、伯岐はおとなしくされるがままになっていた。とはいえ服を脱がせるだけなのだが。それ以上はもっと伯岐が私を好きになってくれたら、だろう。私は気長な方だから、待つのは苦ではない。むしろいつになるのかわくわくする。
「じゃあ、おやすみ、伯岐」
「おやすみなさい、仲影様」
問題は、とても不本意だがこんなに可愛い伯岐をいつかは絶対に季丹殿に披露しなければいけないということだ。
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