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狂奔
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夜の闇の中、月光が照らす廃墟。月光などなくても、この世界は明るい。
思わず、笑みが零れた。伯陽殿が、景を簡単に手放すなどとは思わなかったが、それでもいい。種は確かに、植えつけたのだ。種が芽吹くまで、私は闇にまぎれて待っていればいい。
景は手放したあの時より、ずっとずっと、美しく成長していた。背中を這う三対の黒い翼。こんなもの、なんで入れてしまったのだろうか。美しい肌が勿体ない。仲影殿の趣味なのだろう。随分悪趣味な事だ。やはり、景を任せておくには不足がある。
伯陽殿はもうここを発ち、しばらくは西洋との交易を生業とする一族に頼み、いろいろな場所に行くらしい。あの左足でよくいろいろなところに動く気力があるものだ。あの人の抜け目のなさと世渡りのうまさならどこででもやっていける気はする。
そして、私は。あの男と決着をつけなければいけない。踏みしめ歩いてくる音が聞こえた。ようやく、待ち人が来たらしい。
「狂剣……待っていたよ」
「やっと、決着をつける気になったのか」
「ああ。やっと、すべてが分かった」
そう、やっと狂剣がどうしてこうも私に敵意を持ち、殺意を向けるのか、ようやく分かったのだ。それは本当にささいなことで、忘れかけていたことだった。
狂剣の持つ、剣を眺める。禍々しい気配が伝わってきた。昔の私では受け入れがたかったそれが、今は心地よく感じるのはなぜだろうか。
「その剣を、返してもらおう。捨てた私を、恨んでいたのだろう?」
「なに、を」
明らかに動揺する狂剣、いや、魔剣に精神を乗っ取られた男。そういえば、私も伯陽殿も、狂剣の名を知らない。まあ、どうでもいいか。ただ剣に使い捨てられるだけの男だ。
昔、私はあの剣の所有者だった。その禍々しい気配は受け入れがたく、きっと害を為すものだろうと、捨ててしまった。形状は変わってしまっているが、確かにあの剣と同じ気配を持っている。もしかしたら、持ち主によって形状を変えるのかもしれない。
「ふふっ、やっとわかったよ。君を手にするには狂わなければいけない。……私の箍は外れた。やっと君を扱える」
魔剣がかたかたと揺れ、狂剣の手元を離れる。ふわふわと浮遊して、私の手の中に収まった。手に持った瞬間に、どす黒い感情が溢れて止まらなくなる。そして奥底にあった感情が爆発する。
「ふふ、ははは、はっははははははははっ!」
哄笑する私の正面で、道具にされた男は役目を終えてどさりと地に伏した。この剣と、蒔いた種と。時間さえ経てば、必ず……。
私はいつか、悪人に捕えられ心まで奪われてしまった姫君を、取り返しに行かなければいけない。その時が来るまでは、闇にまぎれ、息をひそめて隠れていよう。
それまでは、せいぜい、安寧の時を楽しむといいさ。
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