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師弟
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さっきからずっと早足で歩いている、というのも後ろから小走りでついてくるうっとうしい男がいるからだ。気紛れに助けてやったのがいけなかったか。まだ二十歳くらいだろうか。華奢だが俺についてくるくらいの体力はあるらしい。そこは褒めてやらんでもないが、正直本当にうっとうしい。何度か撒こうともしたのだが、目ざとく見つけてついてくる。そのしつこさには感心する。
「お師匠さまー!」
「……いい加減諦めろ。俺はお前を弟子にするつもりなどない」
「そんなぁ、酷いなぁ……」
目が覚めたら見覚えのない廃墟に丸腰で倒れていた。一体何があったのか、しばらくの記憶がごっそりと抜けていて、とりあえず腰にあった有り金でなまくらだが剣を購い、そしてあてもなく街を歩いていたのだが。たまたま目に留まったごろつきに絡まれている青年を気紛れに助けてやったらこの通りだ。
「若様ー!こんなところに!」
「げっ……お師匠!たすけて!」
どうもこの青年、それなりの身分の持ち主らしい。どこかの貴族の子息なのだろう。見ている限りでは放蕩息子にしか見えないが……。だが、かなり真面目に俺についてきていることは、いつぞやに失った右目が告げている。見えないのは不自由だが、人の善意悪意を見抜くにはこの右目のほうが的確にできる気がする。
「貴方ですか!若様に吹き込んだのは!」
「あいつが勝手についてきているだけだ。失礼する」
「あっちょっとお師匠!待って!お願いだから!」
使用人らしき男を振り払い、先へと歩く。まあ行くあてなどないのだが。そして使用人を振り払って青年もまだついてくる。そろそろそのしつこさに辟易する。ふと目に入った邸は、どこか見覚えがある気がした。一体いつ、だろうか。俺に貴族との伝手はない。後ろからついてくる弟子志願の青年を使えば作れるかもしれないが作る気はない。
「お師匠、どうしたんですか、鄭家の邸の前で止まっちゃって」
「……どうも見覚えが、な」
「鄭家当主は魔王って呼ばれるぐらいおっかない人だから、貴族は近づきたがらないんですよね。むしろ芸術家とか、世間であんまり評価を得てない人とか、お師匠みたいなちょっと危なそうな人たちの方が、出入りしてるみたいで……あ、もちろんお師匠を悪く言ってるわけじゃないですよ!」
あわてて訂正する青年だが、別段そう言われても特に何とも思わないのはなぜだろうか。と、いうか。割と悪くない気がするのだ。この青年に師匠呼ばわりされるということが。
「……お師匠?」
「お前、名前は」
「え?白幼徳です」
道理で。白家といえばこの国建国当時からあるという名家だ。その末っ子で我儘放題育った放蕩息子と言ったところだろうか。だが芯は通っていそうで、真っ直ぐ俺を見る目は眩しいくらいだ。
「幼徳、俺は厳しいぞ」
「……わかっています。俺は、強くなりたいんです」
あんな頃が、俺にもあっただろうかというつまらない感傷に浸る。ひたすらに強くなりたいと、そう望んでいた時期が、あっただろうか。
「お願いします、お師匠!」
しかし、弟子に取るのが白家の子息とは……。貴族の坊ちゃんの扱いなど、俺はよく知らないが、まあいいか。並々ならぬ熱意はあるようだし、最悪師匠の権限を使えばなんとかなるだろう。
嬉しそうな幼徳を、隣で歩かせてやることにした。
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