アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
サークル
-
山間の谷沿いを縫うように電鉄は走っている。
このゆったりしたスピードとどこか懐かしさを漂わせる外見から、長閑な田舎の赤字路線だと思われがちだが
実はれっきとした山岳鉄道で、運転はもちろん、線路保持にも相当の技術と経験が必要な代物らしい。
「よう。久し振りだな。」
―新開くんだ!
声を聴いた途端に、心臓が早鐘を打ち始めた。
「ぉ、おう。」
俺はぎこちなく右手を挙げた。
「あれっ!?広野は?」
面倒見のよい女子を探すような素振りに、助かったような、苦しいような複雑な気持ちが込み上げた。
「まだ、みたいだね。」
「マジかよ!?あいつ遅刻する気か!まーた粟生が、キレて暴れるぞ。あー、面倒くせぇ…。」
「取り敢えず、座ろっか。」
「あー。…そうだな。んで?菊水は、今なにやってんの?」
「それ、前にも訊かれたんだけど、覚えてない?」
苦笑いしつつ、答えると。
「え。あっ!植物園だっけ!?」
「正解。今はアジサイの研究を手伝ってるんだ。」
「実家から通いなのか?」
「一応はね…。」
「おいおい。こーんな細い体で徹夜とかして、大丈夫かよ?」
いきなり腕を掴まれて、僕は激しく焦った。
「ちょっと!新開。デリケートな菊水くんに何してくれてるのよ?」
「あ、悪りい…。」
広野さんの登場で、大きな掌が離れていく。
ホッとしたような、残念なような…
「あ、いや。全然、大丈夫だし…。」
「ほら、こっち。座ろ?」
気まずく俯いた僕らを、広野さんが仕切る。
「しっかし、なんでこんな暑い時にするかな~。それもまた、富久寿司でしょ?恵比寿くんたら、ワンパターンなんだから。」
「でも、良いじゃん。子供の頃から馴染みのある味だし。同窓会に来た!って感じがするだろ?」
「まぁね。でも、わざわざ帰ってこなくちゃならない、私たちのことも少しは考えて欲しいわ。」
フワリと揺れた髪をかきあげて、広野さんは髪留めを取り出し、髪をアップにした。
その腕の動きを新開の視線が追っているのを確認して、俺の胸に真っ黒なモノが拡がってゆく。
―どうせ、僕みたいな男に、新開くんは興味なんて…。
誰も、僕を欲しがらないんだ。
「ほら、菊水。乗り換えだぞ。」
「えっ!?これって準急じゃなかったのか?」
「ソコはオレも最近乗ってねえから、よくわかんねーけど。コッチだって。行くぞ!」
「ぁ、うん!!」
動揺する僕に広野さんが呼び掛けた。
「菊水くん。大丈夫?」
「うん。」
「あのさぁ。お前らって、一体何なんだ?」
唐突な問いに、広野さんが薄笑いを返した。
「そんなの、新開に関係ないじゃない。」
「いや、ある。関係なら大有りだ。だってオレは…」
「あたしはね、ガサツなあんたなんか絶対に御断りなんだから!」
遮る語気の強さに、新開くんは苦しそうな顔で吐き捨てた。
「やっぱりな。そっか。よく分かったよ。」
フラッと立ち上がった新開くんは、別の車両へと移ってしまった。
痛々しいその姿に泣きそうな俺を見て、広野さんは苦笑した。
「菊水くんは、言わないの?」
「うん。…たぶん、一生言わない、かな?」
「どうして?」
「言ったら、軽蔑されるよ。気持ち悪いって思われて、二度と逢えなくなる。だったら、このまま…」
「そう。」
そのまま、俺たちは無言で車窓の外を眺めていた。
目的の駅について、降りる間際。
「私、きみが考えてるような女じゃないのよ。」
広野さんは謎の言葉を囁いて、俺から離れた。
ーわかっていた。
ずっと前から、わかりすぎるほどに
僕らは同じ重みを感じながら、凭れ合っているようなものだった。
僕だって、キミの思ってるような人間じゃない。
たぶん、今夜会う皆も、同じだよ。
けれど
そんなことからは、少しだけ目をそらして、昔にかえる時が持てることを今は喜びたい。
「やぁ、菊。元気だったか?」
大きく腕を広げながら、近づいてくる粟生に頷いた僕は、密かに神に祈った。
願わくば、共に白髪になるまでこの縁の続かんことを…。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
19 / 20