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三日月は、小望月(こもちづき)村の蛇神を、もうずいぶんと長いこと勤めていた。
ずいぶんと長いこと、と言っても、それは人間の時の数えかたからすれば『長い』だけで、自分は神としては、いや、蛇神に限ってすら、未だほんの若輩者に過ぎぬことを、三日月はよく知っていた。
とはいえやはり、それなりに長い時間を過ごしてきたことは確かで、三日月はしばしば、自分が若いのだか老いているのだか、よくわからなくなることがあった。もともと蛇というものは、他の種族、特に人間などから見れば、どうにも歳がわかりにくい代物であるらしい。
しかしまあ、自分の年齢が不詳であろうとなかろうと、別段日々の生活や勤めには特になんの支障もないので、三日月もそれを特に深く気にすることもなかった。ともかくまあ、それほど頻繁には。
三日月は、いわゆる荒魂(あらみたま)よりも和魂(にぎみたま)のほうが大分強い神で、小望月村の蛇神になってから今に至るまでずっと、人間の生贄など一度も求めたことはないし、日々の神としての務めも誠実に、着実にこなしていた。そんな三日月は小望月村の人々から慕われていたし、三日月自身も小望月村の人々が好きだった。
つまりまあ、三日月も小望月村の人々も、おおむね幸せに暮らしてきたのだ。
そんな小望月村に、紅く輝く鱗と爛々と光る金色の瞳、そして、大きく力強い翼にギラリと鋭いかぎづめとを持つ、遠い異国から飛来した紅竜が舞い降りたというのは、これは言うまでもなく、小望月村始まって以来の珍事であり、三日月の、ひいては小望月村の人々の対応いかんによっては、そのまま大惨事になっていても全くおかしくはない恐るべき脅威であった。
だが、神も神なら人も人であるというべきであろうか。三日月、及び小望月村の人々は、金色の溶鉱炉のように、力と欲望と消せない焦燥ともどかしさとが渦巻き続ける瞳を持った紅い竜を、にこやかな笑顔と宴の用意とで出迎え、そしてそのまま、未だ自分の名前すら持ってはいなかった、竜としては実は、未だ幼さを残す、ひどく若い存在であった紅い竜に『暁丸』という名を贈り、そのまま村の『客人(まろうど)』として、村の中にあっさりと取り込んでしまった。
暁丸にその名を贈ったのは、三日月である。
三日月にその名を問うたのは、暁丸である。小望月村の人々なら皆、問いを発するまでもなく、三日月の名を知っている。
名を贈り、名を問われ、そして我が名をこたえたそれらすべてが、共に番いとして結ばれるはじめの一歩であったことを、もしかしたら三日月は、紅い竜に初めて「暁丸」と呼びかけたその瞬間からずっと、どこかで知っていたのかもしれない。
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