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恋と嘘の証明
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「神楽の音?」
「そこで巫女が踊っているだろ、ああいう雅楽を神楽って言うんだ」
太鼓や笛の囃子に合わせてシャン、シャンと鈴が鳴る。柱の隙間から巫女の腕と、その手に握られた扇が見えた。
「俺の名前の由来もこの神楽からだ。おじいさんが日本の文化が好きで、母さんもその影響で日本にやって来た。父さんと初めてデートした時、神楽って名前を知って、子供につけたいって思ったって」
「……神楽のお母さんたちも、初デートは年越しだったの?」
「ああ。そうらしい」
一際強い風が吹いて、ぶるりと体が震えた。縮こまって腕をさする。桜和にくっつくようにすると、桜和の方も身を寄せてきた。
「……あと一分もないね」
スマホの時計機能を画面に表示させた桜和は少し目を眇めて、眩しい画面を見つめた。画面の秒針は2を通り過ぎていた。
「……神楽は、俺と付き合って、後悔してない?」
震えた声が囁くように尋ねてきた。後悔? 舐めてもらっちゃ困る。ぐいと桜和のコートのえりを引っ張って引き寄せた。
「──っ」
「お前、俺を何だと思ってるんだ? 後悔なんてするもんか。してるならとっくに別れてる」
言って、キスすると、桜和は何とも情けない顔をしていた。
「なんて顔してるんだよ」
「だ、って、さ……」
ぎゅう、と抱き締められた。鼻をすする音がする。
「……俺、神楽に会うまで人を好きになるって知らなかった」
目を見開く。確か、和音さんは今まで桜和の好きな子にちょっかいをかけてきたって、いつか言っていた。
「我ながら結構最低だと思うけど、今まで告白されたら適当に付き合って、向こうが分かれるって言ったら適当に頷いて、そうやってきたから」
そっと離れた桜和は、泣いていた。
「誰かの為に必死になるとか、誰かとの約束に浮かれるとか、今までなかった」
秒針が6を通り過ぎる。
「ただでさえ男同士なんて、世間の目も厳しい関係なのに、加えてこんな俺でいいのかなって」
冷たい頬に触れて、熱い涙を拭いてやる。長い睫毛から植物の朝露のように零れ落ちるそれは止まらなかった。
「俺、神楽のこと好きだよ。大好きだよ。でも、今まで本当に人を好きになったことなんてないから、この気持ちが嘘じゃないか、証明できない。俺には、分からない」
「……俺だって、桜和が初恋だぞ」
「……えっ」
びっくりしたように見開かれた瞳は、たしかにまだ潤んでいたけど、それでも涙は止まったようだった。
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