アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
shopping(買い物)
-
店の自動ドアをくぐると白島は買い物カゴを持って野菜の並ぶ棚へ歩いていく。テルは周囲の客から好奇の視線を感じ、隠れるように白島の傍へ密着した。
「オイ…あんまり引っ付くと動けねえだろ」
「見られている。落ち着かない…」
「本来落ち着く場所じゃねえよ、ここは」
「スーパーにも来たことねえのか」と半笑いで白島はじゃがいもの入った袋を二つ手に取り見比べる。
じゃがいもなんてどれも同じものだろうに、とカゴに入れられた片方を見て少年は内心で愚痴る。
キャベツやネギ、モヤシといった野菜が次々と入れられていく様子を間近で眺めながら今度は精肉を選び始めた男の背中にそっと話しかけた。
「なぜ…料理をする?」
テルの質問に一旦手を止め、チラリと一瞥をくわえた白島は持っていた豚肉のパックをカゴへ追加した。
「人って美味いものを食わないと心が荒むんだぞ」
生きる為以外での食への関心。考えた事も無い。テルは冷凍棚に並ぶ発泡トレイに包装された精肉達に視線を落とす。
「職業柄、外で落ち着いて飯が食えることは少ないだろ?…」
適当な物を選びながら話し続ける白島の声は静かで、周囲の喧騒と店内を流れるアナウンスに時折かき消された。
「可笑しいよな。反対側の社会で生きるって決めたのに、少しでも人間らしく生活してないと気が滅入るんだ…」
ハッと顔を上げると隣には見知らぬ女性が冷凍パックを手に立っていた。慌てて白島を探せば彼は少し離れた場所で他の商品の要否を検討している。ほんの僅かな間に感じた不安に恥らう。背中を追いかけると、白島はあるコーナーの前で足を止めた。そして視線の先を軽く指差す。
「お前は買わなくていいのか?」
そこは菓子類の陳列棚で、老夫婦が孫に何やら選ばせている光景が目に飛び込んだ。
あからさまに子ども扱いされている事に腹が立ち、ムッと睨み返すと相手はチョコレートの詰まった袋を摘まむ。
「俺は子どもじゃない…」
「別に意地張らなくても好きなの入れていいんだぞ?」
テルは白島を押しのけて菓子売り場から離れた。
会計を済ませ外へ出るとスーパーの向い側にある公園にケータリングカーが停まっているのが少年の目についた。
公園で遊ぶ親子連れやカップルが販売車で購入した食べ物を手にしている。テルの視線に気づいた白島は立て掛けてある看板の文字を音読した。
「ああ、あれはチュロスだな」
「ちゅろす…?」
「知らねえのか?…来いよ」
連れられるまま歩道を渡り公園へ赴くとすぐに香ばしい匂いが辺りに漂ってきた。テルの前を長い棒のようなお菓子を持った少女が通り過ぎる。ぼうっとその菓子を眺めていたら頭上から声がかかった。
「ほら、やるよ」
視界に何かが映り意識を戻すと、先程の少女が持っていたものと同じ菓子を差し出される。橙色の薄紙に包まれたそれは触れるとまだ温かい。
驚いて白島を見返せば食えよ、と動作で示された。買い与えてくれるとは思わず戸惑っていると、心を読んだかのように「遠慮すんな」と背を叩かれる。
こくりと頷き、心中で礼を述べ思い切って一口食べる。シナモンとシロップの甘みが口内に広がった。表面の硬さに反して中は柔らかい。始めての食感だった。
「甘い…」
食欲の進むまま二口目を齧り、こんな食べ物があったのかと感心していると白島が後ろから覗き込んで来た。振り向けばふわりと煙草の匂いが鼻をつき、持っていたチュロスにかぶりつかれる。頭が離れた時には揚げ菓子が半分奪われていた。
「!」
ショックに固まっていると、男は唇についた粉くずを指で拭いながら意地悪く笑んだ。
「甘い…甘いぞテル少年…」
その発言に何処からともなく湧いた怒りと油断していた悔しさに唇を噛む。
「大人気ないぞ」
精一杯そう吐き捨て、少年は残り半分を急いで頬張った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
21 / 49