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契約_1
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社長室に行くと告げられて付いて行くとその部屋は、先日自分が目を覚ましたあの殺風景な部屋だった。
あの日、僕はこの部屋で初対面の優也さんとキスをしたんだ。
思い返すとなんて恥ずかしい事をしてしまったのかという後悔が襲ってくる。
再び訪れる事があるなんて思ってもいなかった…
「南野さん、顔が赤いですね。暑いですか?」
俯いた僕に、橘さんが心配そうに声を掛ける。
こんな風に他人に気を遣える人になるには一体どんな訓練が必要なんだろう。
「い、いえ、快適です。すみません」
僕が赤くなった理由を知る唯一の優也さんは小さく笑っていて、自分だって関わっている癖にそんな態度をとられた事に少しだけ不満を感じて、視界から外して橘さんを正面に見る。
「それで、私は一体何をしたらいいのでしょうか」
僕の問いかけに、きょとんとした笑顔を浮かべ、次の瞬間に橘さんは声を荒げた。
「しょーちょーうー、説明してあげてくださいってお願いしましたよねぇ。どこまでお話されたんですか?」
ぎくっとしたように優也さんが僕を見る。
そんな顔されても僕は、何も聞いていないのでニコっと笑って首を傾ける。
そのやり取りを見ていた橘さんが、大袈裟にため息をつく。
「南野さん、説明が全くなかったようで大変申し訳ありませんでした。あなたには秘書室という部署に入っていただきたいのです。といってもこの部署は会社の仕事に直接関わるというよりは、重役のお世話をして回る部署になります。公の場に出る場合などは秘書と紹介されますが、先程社長が仰ったように”家族のようなもの”という立ち位置になります。もちろんこれは、南野さんご自身がお決めになってくださればいい事なのですが。」
重役のお世話。
わざわざそう言うという事は通常の秘書、とは何か違うんだろうか。
「仕事内容は社長秘書なのですが、他社の秘書よりもう少しプライベートなものになるかもしれません。原則、重役一人に専属秘書が一人ついていますが、優也様にはまだ決まった秘書がおりませんでした。それを唐突に南野さんを抜擢して無理矢理あなたをその職務に付けると言い出してきかないのです。」
そこまで静かに聞いていた優也さんがムッとした顔で口をはさむ。
「そんな言い方しなくてもいいだろう。俺はただ、」
いや、挟もうとしたんだろうけど、間髪入れずに橘さんが遮る。
「ただ、なんですか。子会社からわざわざ人を引っ張ってくるにはそれなりの理由が必要です。南野さんに話を通してあるのかと思えばそれもしていない。この仕事がどれだけ体力と精神力が必要かおわかりでしょう。退路を塞いでこの仕事に付かせるおつもりで強引に連れ出したのです。本当にこの方法でいいのかご本人の意思を確認するのが最優先でしょう。」
出向して秘書が見つかるまで代役をする。それってそんなに大変な事なんだろうか。
疑問よりそれが自分に勤まるかの方が不安だ。
「だいたい、フタミコーポレーションを潰してでも南野さんを引き抜きたいと仰ったのはご自分でしょう。」
「え?」
思わず口から出た言葉を両手で押さえる。
つぶしてでも?なんて物騒な話してるんだ。
子会社から親会社に転籍は社内規定で認められていない事は知っている。だからって僕を連れてくるだけのために会社を潰すなんて馬鹿げてる。
わけがわからなくて目をまわしそうになっている僕と、それを見つめているだけの優也さんの両方を交互に見て、ヤレヤレとばかりに首を振る橘さん。
「ご存知の通り、転籍はできません。できるとするなら出向。それも期間は3か月と短い。こちらの願いはあなたが転職してくださることなのです。ですが、突然そんな話をされても困るでしょうからとりあえず出向のお話を持ってお迎えに伺ったのです。早い話が強引な引き抜きのお誘いです。」
「秘書経験もあませんし、引き抜いて頂く程の技量を持ち合わせてはいないのですが…」
恐る恐る口に出す言葉を待っていたように優也さんが話しかける。
「俺の仕事を、手伝うのはいやか?」
そんな、唐突な話あるだろうか…
「優也様、説明もしていなかったのにすぐに答えを出せるはずありませんよ。南野さん、こちらの会社に入っていただけるのであればできうる限りの便宜を図らせて頂きます。仕事のフォローは私にもできますしもちろん給与面でも相談にのらせていただきます。私としましても、優也様のお世話をしてくださる方が見つかったことはとてもありがたいことなんですよ。」
そう静かに微笑まれて、つい一緒に微笑んでしまう。
いや、全く流れがわからないんだけど、会社を辞めて親会社に就職しろ。という事?
バターン
と背後の扉が派手に開く音がした。
「奏介ー帰ってるんでしょ?どうして戻ってこないのよー」
振返ると、華奢ながら威圧感の強い派手な女性が入ってきた。
ピッタリと体に張り付くようなブルーのスーツ。胸元は強調するように大きく開けられて谷間が見えている。むっちりした曲線を描く足は黒いストッキングに包まれて細いピンヒールがよく似合う。
セミロングの茶色の髪の毛に囲まれた瞳は大きく、長い睫毛に縁取られていて。壮絶な色気を醸し出す大柄な迫力美人。
「ノックくらいしてくださいよ。」
ため息をついた橘さんが立ち上がる。
「あら。じゃあそのコが優也さんのお気に入り?本当に連れてきちゃったんだ。」
じろじろと無遠慮な視線が僕に注がれる。
これはきっと、偉い人なんだろう。お気に入り、という表現には頷けないけど…
咄嗟にそう判断した僕は立上がって深くお辞儀をした。
「初めまして、南野愁と申します。ご挨拶にも伺わずに大変失礼いたしました」
顔をあげると同時に口角も上げてにっこりと見える笑顔を貼付ける。
これが僕の最大限の愛想だ。
もしここで生きて行くとしたらもっと多くの愛想を身につけないといけないかもしれない。
「まぁ〜。笑顔がとっても可愛いわねぇ。奏介、心変わりしたら許さないわよ。」
ため息をまた1つついた橘さんが彼女との間に入って
「そんな訳ありませんよ。南野さん、こちらはファイヤーコーポレーションの顧問で、優也様のお姉様にあたる」
「火野茉莉花よ。どうぞよろしくね。」
圧倒するような谷間を見せつけながらニコニコと右手を差し出される。握手をするのが正しいのかわからないけど、他にどうしたらいいのかわからずに差し出された右手に自分の手を重ねる。
殊の外強い力で握り返されてギクリとする。
「優也さん我が儘だから苦労するわよぉ〜。見捨てないであげてちょうだいね。」
覗き込んでくる大きな瞳は、どこか優也さんに似ていた。
この強い瞳の力は血筋なのかもしれないな。
「まりか、愁に近付くな。契約の話が終わるまでもう少し待ってろ」
唸るように背後から優也さんが言い、僕を自分の手元にたぐり寄せる。
「奏介、愁と少し話をするからまりかを部屋まで送って行け」
「えー?何よぅ。仲間はずれにすることないじゃないのよー」
文句を言う茉莉花さんの背中に手を添えた橘さんが耳許で何かを囁いた。すると茉莉花さんは黙って橘さんを見上げて腕を絡ませる。
「いいわ。奏介と一度、部屋に戻ります。それでは愁さん、ごきげんよう。」
と嬉しそうにそう言い、橘さんに連れ出されるように部屋を出て行った。
美男美女のカップルを間近で見る機会なんてそうそうない。
ドラマか映画でも見ているような。そんな気分にさせられた。
まるで恋人。
きっと橘さんは茉莉花さんの秘書なんだろう。
秘書で恋人?
そういえば優也さんの部屋にも美人の恋人がきて、似たような光景を見たんだった。
それで僕は逃げ帰って…それなのにどうしてまた、この人と2人でいるんだろう。
このモヤモヤはどうしたら消えてくれるんだろう。
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