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時間_優也1
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今にも逃げ出しそうな愁を目の前に座らせれば、泣きそうな瞳をしながら無表情を保っていた。
感覚的に、これは何かに怯えているんだとわかる。
でも、その表情は俺を惹きつける。
怯える姿がサマになるなんて、どこのヒロインだ。
そんな生き方もうしなくていい。
そう言ってやりたいだけなのに…
やけに自己主張の少ないヤツだと思ってはいたが、ここまで酷い生き方を強いられてきたとは。
実の父親と義兄に軟禁された高校生活。
日常的に行われていた性行為と暴力は人間を無力化するには有効な手段だっただろう。
そして、同性相手の売春。
おそらく、俺に隠しておきたかったのはこれだろう。
すぐに調べがつかなかった理由の1つは、愁が軟禁されていたとされる場所。
広大な私有地の奥に倉がある事は水道局の古い図面を調べるまでわからなかった。最新の図面では存在しない事になっている水道管があったのだ。
もう1つは、その相手にあった。
県議会に出入りする大物議員、大手製薬会社の社長と夏彦の通っていた大学病院の病院長、そしてそれらの子息が主な客層だったようで、金に物を言わせなければ露見しなかっただろう。
榎本総合病院の資金源は、複数の議員と製薬会社との癒着にあった。
資金繰りの便宜を謀ってもらう代わりに、もしくはその謝礼にと元手のかからない自分の息子を自分の欲の為だけに売り物にしたのだ。
許せない。その一言に尽きる。
自分の息子だとしても、その人生は自分の物じゃない。
実の父親にそこまで利用されていた事を、愁はどこまで知っているのだろう。
愁は素直じゃない。
助けを求めてくれれば、いつでも手を差し出せるのに。
全てを知ったら俺が捨てるとでも思っているんだろうか。
体も気持ちも、命すら俺に差し出しておいて
それを受け取った俺が、逃げるとでも?
奏介には、あんな笑顔を向けられるのに俺にはこんな怯えた顔をする。
そりゃ、俺は優しいタイプじゃないさ。
でもそんな反応をされれば意地悪の1つや2つしてやりたくもなる。
「戻りたくはないだろう?」
名刺を目の前にして悩む愁に微笑みかける。
少し脅かしてでも決定打になる名刺を受け取らせるつもりだった。
これを持っていれば少なくとも俺の部下だとわかり、害を成せば俺に対してやった事になる。
正当防衛としてこちらは動けて愁を守れる。良い事ずくめだ。
重荷にしかならなかった会社という組織が大切な相手を守れる武器にもなると初めて知った。
必死でやってきた甲斐があるという物だ。
「受け取れば、俺がいつでも愁を守ってやれる。」
ピクリと肩を揺らして、愁がこちらをじっと見る。
その瞳から涙が溢れそうで、ぐっと息を堪える。
どうしても愁の口から聞きたい。
”助けて”
そう縋り付いてくるくらい甘やかしたい。
そんな邪な考えを読み取ったのか、愁の返答は他人行儀なものだった。
「そんなの、ただの厄介者です…。足手まといになりたくない、です」
か細い声でそう言い、それを隣で聞いていた奏介がため息をつく。
「ゆうくん…素直にお願いすればいいじゃない。愁くんと一緒にいたいんでしょう?」
全く…余計な事ばかり言うな。コイツは。
「いえ、そんなっ…すみません。あの、言い出せなくてっ…」
「…っ、わかったよ。ちっ…受け取ってくれよ。愁をこれ以上傷つけたくない。俺の手の届く所にいて守らせてくれ。これはその為のものなんだ。そうじゃないと心配で身が持たないんだって、わかってくれよ。」
断りそうな愁の反応に焦って身を乗り出す。
大きく見開かれた瞳に見返されていたたまれない気分だ。
なんだよ。
結局、俺が頼む側かよ。
色んな意味で強引に、あるいは傲慢に生きてきた俺は頼み事は得意じゃない。
でもそれもどうでもいいか。
目の前で泣き出しそうな愁を守れる特権を得るためなら頭なんていくらでも下げてやる。
それくらい、愁は必要な存在だった。
「…アノヒト達は、何をしてくるかわかりません。余計な事に、巻き込みたくない。あなただけは…あなたにだけは、嫌われたく、ないんです。」
「…っ」
本気で言っているのか。
抱きしめていた間はあんなに素直だったのに、伝わったと思っていたのに。
まるであれが幻だったかのような態度。
どうしたら伝わる?
俺が本気だと…
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