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ガルデの部屋
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十 ガルデの部屋
僕の身体を洗い流しながらガルデは、
「もう、こりごりだろう?」
と聞いた。僕は首を振った。
「無理するな」
しかるようにガルデが言い、身体をふかれながら、僕はうなだれた。
「羅音のもとに帰れ」
ガルデは言った。僕は首を振った。
「困ったな」
ガルデは僕を抱きしめて言った。
「俺もこれ以上おまえといたら、情がうつってつらくなるよ」
僕はガルデの顔を見た。
「杏、いずれ国に帰るんだろう?」
僕は首を振った。
「そんなことはできない、帰らなくちゃ。今は、移民の制限に厳しいんだ」
僕は泣きたい気持ちになった。
「俺もいつまでも、こんなことやっているつもりはない。そのうち大人になる」
「僕はいつまでも大人にならないよ」
「そんなことはない、杏だって、シアンだって……」
僕はガルデの口からシアンの名前をきいて、なぜか悲しくなった。
「やめて、いやだ、僕を一人にしないで」
「一人じゃないだろ? 杏には、羅音がいるじゃないか」
ガルデは僕の額に額をつけて、なぐさめるように言った。
「羅音は、従僕ともしてるし、最近、いかがわしい大人の男ともしてるみたいなんだ」
僕はきつく唇を結んだ。
「いかがわしい大人の男?」
ガルデが眉をひそめた。
「うん、紳士だっていうけど、僕に紹介もしないし、きっと、紳士なんかじゃないんだよ。その人と何をしているのか知らないけど、羅音の様子は明らかに、変なんだ。一日中、ずっと帰ってこなくて、帰ってくると、ぐったりして、僕が誘っても、見向きもしないで、疲れた顔して眠ってしまう」
「それは変だな」
「そうだよね? 僕、まさかとは思ったけど、どう考えても、やっぱり、羅音は、その人の愛人か何かなんじゃないかって。羅音は、すごく、きれいだから……。でも、そんなこと、本人に、聞けなくて。羅音は、聞いても答えてくれないに違いないから。従者の椰子に言ったって、あんな倫理観もない軟派男、しょうがないし。誰に言ったらいいのか、誰に相談したらいいのか、助けてくれる人が誰もいなくて、僕、どうしたらいいか、わからないんだ」
僕は、言葉が通じているかわからないが、片言の英語とフランス語のちゃんぽんで、ガルデに訴えた。
「うーん」
ガルデは、通じたのか通じてないのか、困ったような顔をして、うなった。
「羅音じゃなくても、ほかの誰かでもいい」
ガルデは困ったように言った。
「だから、ほかの誰かもいないんだよ」
「誰にだって、誰かが……」
僕はそんな御伽噺には騙されない。
「僕には誰もいないんだ。誰かに頼りたいと思っても、甘えたいと思っても、僕には羅音のほかに誰もいなかったんだ。なのに、最近、羅音の様子が変で、羅音がいないのといっしょになっちゃって、僕一人になっちゃって、誰も、いっしょに遊んでくれる人すらいないんだ。退屈して、遊んでほしくても、誰もかまってくれる人がいない。僕が困っても、僕のこと、誰も助けてくれないんだ」
頑なな僕の言葉にガルデは嘆息した。
シアンがうちしおれた様子で、黙って帰ってきた。服装が少し乱れていた。
「どうした? シアン」
ガルデは驚いたように言った。
「どうもしない」
シアンは服を脱いで、ベッドに潜り込んだ。ガルデが心配して枕元に寄っても
「何でもない、眠いだけ」
と言って目を閉じてしまった。
「嘘だろ、何かあったんだろ? 俺に隠しても無駄だ。シアンが何かあったときは、わかる。いつもと様子が違うから。何があった?」
ガルデが尋ねた。そこから声が小さくなって、僕には聞こえなくなった。僕は取り残された。
しばらくして、ガルデが僕を、寝室から出るよう促した。
「どこに行くの」
シアンが、不安そうに、ガルデに取りすがった。
「大丈夫だ、隣の部屋にいるから。シアンは眠ったほうがいい」
ガルデはダイニング兼居間のような部屋で、僕と向き合って座った。そこで僕は、ガルデとシアンの出会いのあらましを聞いた。
彼らは寄宿学校でいっしょだった。体温計をこすっては熱をだし、ずる休みする下級生の小さなシアンを、上級生のガルデは見出した。秘密を知られ、弱みを握られたシアンに、最初は半ばおどすように接近したガルデだった。しかし、すぐに二人は求め合い、愛し合うようになった。寄宿舎での度重なる密会は、ついに露見し、二人は放校された。
彼らはガルデの祖父の持ち物だった小さなアパルトマンを住処に暮らしはじめた。ガルデは機械工、シアンはカフェの店員の、それぞれ見習いとなった。
ガルデが話したのは、だいたいそんな内容だった。
「犬遊びは、どっちが言い出したの?」
「シアンが家具の引き出しに、首輪を見つけたのがはじまりだったかな」
僕は、そのままガルデのところに泊まった。もう夜遅い時間だったから、ということを言い訳にして。居間のソファで毛布にくるまって僕は眠った。
「杏、シアンのかわりに、カフェに行ってくれないか?」
翌朝、ガルデに頼まれて、僕は戸惑った。
「いや、給料を取りに行ってもらうだけだ。ついでに買い物も頼む」
僕はメモを渡された。
具合の悪そうなシアンにかわって、僕はシアンの働いていたカフェに行った。用事を終わらせて出ようとしたとき、見知った顔が目に入った。椰子だった。
「あ、杏さん」
いかなる時にもいけしゃあしゃあとしている椰子が、珍しく慌てふためき、僕を入り口の観葉植物の陰に引っ張った。
「杏さん、どうしてこんなところに」
いやに周りを気にしながら、ひそひそ声で椰子は言った。
「あんたこそ、どうしてここに」
美少年でもナンパしにきたんじゃないか、こいつ。椰子に関して、僕は疑ぐり深くなっていた。椰子は答えずに、詰問した。
「杏さん、昨夜、家に帰りませんでしたね?」
僕はふくれっ面をした。
「私たちは、本当に心配したんですから」
椰子は本気で怒っているようだった。
「羅音も心配してた?」
僕はふと聞いてみた。
「もちろんです」
僕は少しほっとした。
「さあ、帰りましょう」
「一人で帰る」
「信用できません」
椰子は僕の腕を放さなかった。
「用事があるんだ」
「どこにです」
「どこって、友達の家だよ」
「ああ、悪い友達の所ですね」
椰子は、訳知り顔で、頷いた。
「知らないくせに、決め付けるんだ」
「杏さんのようなふらふらした人は、簡単に悪に染まるんです」
僕は憤慨した。
「とにかく、僕、行くからね」
「待ちなさい」
椰子は腕をつかんで放さなかった。
「お金をあずかってるんだよ」
「いったい、何に巻き込まれているんですか」
僕は、何とはなしに、ぎくりとした。
「仕方がない、私もいっしょに行きましょう」
僕は、嫌いな椰子といっしょに買い物し、嫌いな椰子といっしょにガルデの家に向かった。
「怪しげな場所にありますね」
椰子は、周囲を見てうさんくさそうに言った。
「まったく子どもの癖に何をやらかしているかわかったものではない」
椰子は腹立たしそうに言った。
「あんた、そんなこと言ってると、羅音にいいつけるよ」
「何をですか」
「使用人の癖に何をやらかしているかわかったものではない」
僕は、あてこすりを言った。
「ああ、私が杏さんにちょっかいを出していることですか? そんなこと、羅音さんはとうにご存知です」
僕は驚いた。それなら、羅音、なぜ止めてくれないんだ!
「羅音さんにこの間のことをお話したら、喜んで聞いてらっしゃいましたよ。そのせいで、いつもより激しく……」
椰子は、語尾をわざとのようにぼかした。
「うそだ」
僕はぐらぐらした。
「杏さん、お友達の家はどこですか?」
僕は我にかえって、ガルデのアパルトマンに向かった。
僕は階段を上って、ガルデの部屋のドアを叩いた。ガルデが玄関のドアを開けた。ガルデの目は、僕の立っている、その後ろに注がれた。
「誰?」
ガルデはいぶかしそうに尋ねた。
「単なる使用人だよ」
僕は、椰子が持っていた買い物の品を、ガルデに渡しながら答えた。
「雇い主は、あなたではなく羅音さんですからね」
椰子は僕に念を押した。
「だったら僕にかまわないでよ」
「いいえ。羅音さんの、ご命令ですから」
ガルデは僕らのやりとりを、あっけにとられたように見ていた。
「入る?」
ガルデが僕に尋ねた。僕が返事をするより先に、椰子が僕らの会話に割って入った。
「いえ、お申し出はありがたいのですが」
部屋に入りかかった僕の襟首を、後ろからぐいと椰子が引っ張った。
「ひどい使用人だ」
ガルデはその様子を見て笑った。
「そうでしょう?」
僕は我が意を得たり、と強く応じた。仕方なく、帰りかけた僕の腕を、ガルデが引っぱって、こっそり僕の耳元でささやいた。
「美男子だな。なんだ、心配してくれる恋人がいるんじゃないか」
僕はガルデの腕を払って抗議した。
「まさか! 恋人だなんて! 違うよ。あいつ、羅音とできてるんだぜ。いやになる!」
「羅音とも?」
ガルデは賛嘆の目を彼方へ向けた。
「何をこそこそ話してらっしゃるんですか」
椰子は自分の手首に巻いた金の腕時計をつついて言った。
「じゃあな、ありがと。うまくやれよ」
ガルデはウィンクした。
「どういう意味だよ、うまくって」
僕がつっかかると、戻ってきた椰子の手にぐっとつかまれて、しょっ引かれた。
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