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「クイーン、お前さんは本当に賢いね」
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「クイーン、お前さんは本当に賢いね」
彼の手管に膝の上でくるくる小さく喉を鳴らす、この部屋の女君主は、普段ならとっくに就寝のお時間なのである。
ブルーの毛並みに映える、一対の自前の翡翠を瞬かせて、彼女の名を呼んだ相手を物問いたげに見上げる。
「うん?もうすぐだよ。多分ね。めんどくさいことになっていなければ、もうすぐ、帰ってくるはずだ」
厄介なことになっているようなら、と沢村は時計を見上げて考える。
先ほど連絡があった住所の交番にでも再度連絡をとるか、いや、自分自身が出かけていったほうが何かと収まりがいいような気がする。
かの女王の待ち人は、貝塚乙彦、彼の同居人である。
貝塚には収集癖があった。
まるで子どものような種類のそれで、石ころやガラスの破片や木の実、どこのものだかわからない鍵などごみのような物を年中羽織っている薄手のコートに、思いついたように時々突っ込んで帰ってくる。
無機物ならまだいい。
虫だとか草だとか、どこかで貰った菓子だとかはたまた美味しかったのか、から揚げの食べ残しだとか、そういう物をポケットに入れて忘れているときなんか最悪だ。
後始末が大変だし、不衛生この上ない。加えて、お気に入りのコートに変な臭いや染みがついたといって、本人が幾日も不機嫌になる。
四十も過ぎた自分より年上の男を、再教育しようというほど彼は、沢村剋惟は、愚かではない。
彼のように公僕というオカタイ生業とは180度違う、芸術家という人種を、彼なりに理解し、許容しようという、努力は日々しているつもりだ。
憎い相手ではない。
互いに同性愛者という共通の性向を持ち、長年の同居者している彼らの関係は既に、伴侶と言い換えても差し支えない。
もっとも、もと拾得物である彼女が女王として君臨するようになってからは、貝塚がこの部屋に、不衛生なものや生き物を持ち込むことは無くなった。
彼女は大層な綺麗好きであったし、貝塚に対して惜しげのない愛情を注いでいたが、躾には容赦ない性分だったからだ。
これは沢村に大層な衝撃を与えた。
性向上、一生一人身かもしれない、という予感があった沢村の住居は勿論、ペット可ではあったが、どちらかというと体育会系の彼はもともと断然犬派であった。
だから当初、貝塚がこの部屋に連れ込んだ、手間ばかりかかる気紛れな生き物を長居させる予定はさらさらなかったのだが、再教育の一件以来、沢村の考えは劇変した。
四十すぎた、否、五十路も手前の芸術家という、最もややこしい種類の人間の再教育に成功した彼女の功績を称えずに居られようか。
レディ、だとかリトルミス、だとか、女性に対する呼び名で貝塚が適当に呼んでいた彼女の名称をクイーンに統一させ、自らかけた飼い主募集を取り下げ、彼女に相応しい身の回りの用品を、複数種の猫用トイレからベッド、爪とぎ、玩具、猫用のあんかや繭玉に至るまで全て揃えた。
そうして住民の押しも押されもせぬ支持と奉公により、痩せすぎて荒れ気味だった毛並みも綺麗に整い、表情も和らぎ、もともと少しぐらい荒んでいても美しかった彼女の肢体にはますます磨きがかかった。
美しく聡明であるとともに慈愛深い彼女が次にしたのは、どちらかというと腰が引けていた沢村に対して、玉座という大役を与えることだった。
当初は戸惑いしかなかった沢村だが、犬にはない極上の毛皮と柔らかい肢体を存分に堪能するという、最上の癒しを享受することの出来るこの役なしに、今や一日を終えることが出来ない身体になっている。
彼女専用の玉座の上で、毛繕いに励んでいた賢君が不意に三角の耳をぴんと立てて小さな頭をもたげた。
沢村の膝から飛び降り、足音を立てず玄関へと向かう。尻尾をまっすぐに天に向けた後姿に、少し嫉妬を感じながら、沢村はソファーの上で一度、大きく溜息をつく。
やがて彼の耳にも足音が聞こえ、玄関の鍵をガチャガチャ鳴らす音が続く。
足音はあろうことか、二対。今日は特別厄介な拾い物を抱えている予感がする。
玄関へ、彼を迎えに走ったこの部屋の女王が戻ってきて、彼の顔を戸惑ったように見上げている。
上品に口をあけ、声のない鳴き声を披露した女王の頭を指先で撫でて、抱き上げられるのを嫌がって小さく身を捩った細い身体を、宥めながら持ち上げた。
「さあ、大人しくしててくださいよ陛下。危ないヤツを連れてるかもしれない。でもね、こんなことで驚いてちゃあ、あの人と一緒になんか暮らしていけやしないんだから」
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