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忠告
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「さっそく本題に入るけどー」
大野兄は膝の前で手を組むと小さく咳払いをして俺に向き直った。その眼差しは先程よりも幾らか真剣みを帯びている。
「不良達との喧嘩のことでね、先生方から俺が忠告するように頼まれたんだ。兵藤くんは成績は優秀だし授業態度も生活態度も真面目で問題ない。前科も補導歴も0。だから今回、君が喧嘩をしたって事に先生方も驚いてるんだよー」
案の定、話とはこの事だった。やはり情報はどこかで漏洩するもので、既に教師の間で検討されているというのだ。いつかは怒られると覚悟はしていたが。
「君の事だから何かそれなりの事情があるんだろうけど…。誰かに脅されてるのかなあ?それとも本当に憂さ晴らし?」
「海彦…」
「だってそーだろ?人は見かけによらないって言うじゃない?本当の事を聞かなきゃ」
確かに俺は自ら進んで喧嘩に交じっていくようなタイプじゃない。むしろ平和主義だ。勿論喧嘩をしたのには理由がある。
しかしその理由はいくら教師や生徒会長相手であろうと易々と話すわけにはいかない。それに言ったところで、彼らが簡単に信じるはずもないだろう。黙っていた俺に、更に大野兄は言葉を続ける。
「この話を聞いたのは少し前でさ。一応兵藤くんにちょっと目をつけてたんだ。報告にある喧嘩は三回だねー。で、昨日見つけた集団リンチでレッドカード。これ以上喧嘩をしても何の得にもならないし、次に先生にバレたら停学処分にされるかもよ。だから、これ以上は問題を起こさないこと。喧嘩も言語道断」
「俺達は君の為を思って言ってる。喧嘩する理由を話してもらえる?」
「理由次第では協力できるだろうしー」
2人の言っている事は正しい。そして喧嘩自体が間違っていると言うことも。けれど、話したら五條の事は一体どうなる。
俺達がただ逃げ回っているだけでは埒があかないのだ。
襲いにくる不良達という根源を叩かない限り問題は解決しない。五條が力を取り戻すのが先か、不良達が大人しくなるのが先か、どちらも希望の光は微々たりとも見えない。
ちゃんとした打開策が出ない限り五條が弱くなったなどと俺の口から言えるはずが無い。
わざわざこの為に優遇措置をとり、話し合いをしてくれる会長と副会長を前に何も事情を説明できずに口ごもる。その場しのぎに下手に嘘をつけば後で後悔するのは自分達だ。
大野兄は大きく溜め息をつくと組んでいた指を解いてソファの背もたれに身体を預けた。
「大体、あんな大人数相手によく1人で挑めるよねー…それも懲りずに三回もさぁ。危険すぎるでしょ、昨日だって俺とあの金髪の子がいなきゃどうなってたか分からないんだからー…」
「……え?」
確かにその通りだと頷く前に、彼の言った文頭が引っ掛かった。そのニュアンスだと俺が最初から「1人」で戦っていたように聞こえる。その事に気づいて思わず聞き返してしまう。
「うん?君1人で喧嘩してたんじゃないの?一回目の長良田高の時から」
何故か、彼らの間で俺は1人で喧嘩を起こした事になっているらしい。一緒に居た五條や中島の報告は入っていないのだろうか。
一瞬の戸惑いを隠しきれなかった俺に、大野兄はぱちりと目を大きく開けると、首を傾げた。その真っ黒い瞳がぎょろりと怪訝そうにこちらを見る。
元から大きい黒目のせいで、迫力が凄い。彼は驚いているはずなのに、アヒル口のせいで口元はどこか笑っているように見える。その顔は、……何かに似ている。
「もしかして、兵藤くん以外に他に誰かいたのかなー?君1人の名前しか聴いてないケド…」
だとしたら、ここで五條の名前を出さない方が懸命だ。俺は間髪入れずに「いや、そういう分けじゃ…」と濁しながら否定した。ふうん、と納得いかないのか大野兄は表情を変えないまま此方を凝視する。
その顔と暫くにらめっこをしていたが、漸く彼の顔が何に似ていたのか思い出した。そうだ、…招き猫…だ……。
「あ、兵藤くん今…海彦の事、招き猫に似てるって思っただろ」
不意に口を開いた大野弟に心を見透かされギクリと肩を震わせてしまった。大野兄はその言葉にむっと眉をしかめて隣にいる弟の頭を小突く。
「話の腰を折るなっ」
「いッ」
「で、何で喧嘩するか理由を教えてくれる?」
大野兄も粘る。しかし俺にも意地がある。本来、居たはずの五條の名前が隠蔽されいることが怪しいのに。そんな中で「五條に助太刀するために」なんて言えない。迷った挙げ句俺は口を開いた。
「これから…気をつけます」
これが一番妥当な答えだ。これから一切喧嘩をしないというのは無理だと思うが、誓いを立てることでこの場をやり過ごすことができるかもしれない。教師達も遠まわしに会長と話を設けさせるくらいだから、深く追求はしてこないはずだ。
「「あっそう…」」
「じゃあ、これから絶対に喧嘩をしないことー」
「絶対にね」
「約束だからねー」
大野兄弟はきょとんとお互い顔を見合わせると複雑な面のまま俺に念を押す。不安を感じながらも小さく肯定した。
理由は絶対に言う気は無いという俺の真意を読み取った大野兄は、その大きな瞳を伏せると突如と五條の名を出して俺の反応を伺う。
「そうそう兵藤くんって、あの五條くんと仲が良いんだっけ?」
まさかここで彼の名が出ると思わなかった俺は狼狽えて息を呑む。大野兄はその様子を見て一瞬、ニヤリと笑った。
「彼は後にも先にもこの和泉城にとって特異点的存在なんだー。五條くんが喧嘩をするのはもう昔から自然の摂理状態でねー…彼がこの地域の学校に通い始めた時から暗黙の了解というか、公認されてる事象だー」
「まあ、今は中学の時よりかは大人しくなってるみたいだけど…兵藤くんも一緒に行動する時は気をつけないと今よりもっと巻き込まれるよ」
「あ、もしくは…もう巻き込まれちゃってるかなー?…ま、五條くんが関わってるとかそういう報告は一切入ってないんだけどねー!」
「あくまで俺達の憶測だからさー」
俺は愕然とした。二人はどこまで知っているんだ?
つまり教師達はあえて五條の名前を伏せて会長達に伝えたのだろうか。しかし五條の喧嘩が公認されているとしたらわざわざ隠す必要も無いだろう。
忠告をするなら俺達2人に言えばいいし、関わった俺だけを怒りたいのなら最初から「俺1人が問題を起こした」という伝え方をするのもおかしい。
まるで迷路に迷い込んだみたいで、物事がうまく繋がっていない。
会長は「話はこれだけだから」と、言いたい事は全て言い切ったという感じで眉尻を下げつつ困ったように笑んだ。
このままこの場にいればこの人達に何もかも暴かれてしまいそうだ。かといって、「一体誰がこんなややこしいやり方をしたのか」という質問をしても答えてはくれないだろう。俺が「五條と関わって喧嘩をした」と断言しない様に。
これ以上長居は無用と、立ち上がって2人に挨拶をすると早足でこの部屋を出た。涼しすぎたあの部屋は、俺の肝まで冷やしていったのだ。また蒸し暑い廊下を視聴覚室に向かって歩きだしたら、無意識に駆け足になってしまった。
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