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Answer of lion.
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視聴覚室へ戻ったら、五條は俺の鞄が置いてある机の前で既に帰る用意が整った状態で立っていた。近づいた俺に気づくと「どこ行ってたんだ?」と不思議そうに尋ねてくる。
けれどさっきあった事を話すなんて出来ない。
五條にまた余計な心配をさせたくないし、話すなら全てが明らかになった後だと自己完結していたので咄嗟に「トイレに…」と答えた。そっか、と納得した五條は小さく笑って「帰ろうぜ」と言った。
帰り道、会長の言っていた事がどうも腑に落ちずにそればかりを考えていた。俺が問題を起こしたという扱いで呼ばれたので、まさか五條にこの話はいっていないだろうが…あの隠蔽事情から、彼にこれ以上何かよくない事が起きるのではないかと不安になる。考えすぎだろうか。
「でさあ…ってなあ、聞いてる?」
考え事に夢中になっていた時、会話に呼び戻す声で我に返った。五條の方を見たら眉根を寄せて見つめ返してきた。
「聞いてる、猫の話だろ?」
「え、あ、…そうなんだけどさ…」
少し当てずっぽうだったが、返事をしたら五條は不満げに口をもごつかせた。そして再び前を向いて話の先を続ける。彼の妹の実桜さんが猫を飼いたいと言い出した、というくだりで五條はいきなり「うわ」と絶望的な声を上げた。
地面の先を見て歩いていた俺は悲鳴に何事かと顔を上げる。前方には横並びに列をなして此方に歩いてくる不良系男子高生の方々。
元来た道を引き返そうと振り返ったら後方にも意地悪い顔で此方に迫り来る後援チームがいた。まさか、昨日の今日でまた来るとは思ってもみなかった。
「「マジかよ…」」
お互い声をハモらせて嘆く。左側は交通量の多い車道で下手に飛び出したら危険だ。右側は建物の壁が並んで逃げ込めるスペースはない。それに俺は昨日の怪我が響いてうまく走れないのだ。
ああ…ついさっき喧嘩をしないように忠告を受けたばかりなのにその日のうちに破ってしまうなんて。
不良達は早足で間合いを詰めてくる。隣にいた五條は舌打ちをして俺の腕を掴むと車道へ飛び出そうとしたが、一人で逃げてくれと、その手を突き放した。
「どうして、」と見返してくる彼にちょっと申し訳なくなった。今回ばかりは俺だけの方が都合がいい、いろんな意味で。
「五條、逃げてくれ」
「ば、できるかよ!」
そうしている間に不良達に囲まれてしまう。センターに居たのは、昨日見た赤髪の不良だった。顔に絆創膏とガーゼを貼った男は吐き捨てるよう言った。
「ちょっと付き合ってもらおーかァ」
抵抗しないまま、任意同行のような形で不良達に囲まれながら、雑草があちらこちらに茂る廃墟と化した古びた倉庫跡に連れていかれた。一定の距離を取って、不良達と改めて対面する。赤髪は俺に向かって「昨日はどーも」と声を投げかけてきた。それにいち早く反応したのは五條の方だ。
「昨日…?」
「ああそうだ。テメェがいねぇ間に、その隣の奴と遊ばせてもらったんだよ」
「遊ぶ…?」
五條の眉間の皺が深くなった。赤髪の言葉をオウムみたいに繰り返えして呟くその声音は段々と重みを増していく。
(まずい、余計なことを…)
五條には一切話していないのに。肝を冷やす俺をよそに赤髪はこれでもかと挑発してくる。
「あんだけ痛めつけた割にはのうのうとしてんじゃねーかァ、ああ?」
「どういう事だ?」
五條が険しい表情で俺を見て唸る。
知られたくなかったのに。
「さあ、あいつの勘違いだろう」
そうは言ってみたものの「あん?」と聞き返され納得してくれない。赤髪の言っている事が正しいのだから当たり前だが…。
五條は突然俺のカーディガンの裾を掴んだかと思うと、シャツごと大胆に捲り上げた。素肌が外気に晒される。バレると焦って元に戻そうと逆方向に引っ張ろうとするが、遅かった。
腹部や腰には昨日付けられたら痣が消えないままありありと残っている。彼は無言で手を離すとギリ、と歯を軋ませて唸った。
「後でキッチリ説明してくれんだよなァ?」
仕方ない、と渋々首を縦に振ったら、俺の傷を見た赤髪はまたからかってくる。頼むからもう止めてくれ…。
「ハッ、痛そうだなァー!股間の方もまだ痛むんじゃねぇーかァ?」
「…股間ンン?」
なにもそこをリピートしなくてもいいのに。
「昨日は分けの分からねー黒髪ヤローと中島の邪魔が入ったが、今日はそうはさせねェ…弱くなった五條とテメーだけじゃ俺達だけで造作もねぇからなァ!」
「…黒髪と、中島ァア゛ア?」
そこで一気に場の空気が変わった。ピリピリと張り詰めた五條の怒りオーラに一同が背筋を凍らせて息を呑む。
彼はゆっくりと背負っていたギターと鞄を下ろすと乱暴に俺に押し付けた。慌てて二つを抱えると、五條はゆっくりと不良達に向いながら「そうか、あいつに助けてもらったのか」と呟いた。
それは俺宛ではなく自分に確認をとったみたいだ。
「おかしいと思ったんだ、今日一日何かよそよそしかったからなァ…」
そんなつもりはなかったのに、彼にはバレていたらしい。勘の鋭さをもっと考えておくべきだった。躊躇いも無しにずんずんと前を進む五條が一体何をしようとするのか察し慌てて制す。武器も無いし大人数相手にまだ作戦も立てていない、無茶だ…!
「五條!待て!」
叫んだのに、彼はまったく聞く耳を持たない。止めようと一歩踏み出した俺に「来んな!」と五條が吠えた。
その怒号は身体を叩いて、彼の背中を見たまま金縛りに合ったように動けなくなってしまう。1人で行かせてはいけないのに、脚が竦んで力が入らない。無言の威圧にどうしても体が震える。
冷や汗だけが、ただ頬を伝って落ちた。動きの止まった俺を確認した五條は一番手前にいた不良の胸倉を掴むと尖った八重歯を剥き出して叫ぶ。
「兵藤に手ェ出したのはテメェかア?」
その剣幕に怯んだ不良はヒィと悲鳴を上げて首を横に振る。
「ち、違っ!今日たまたま加わっただけで…っ」
そこまで聞いたら用済みと不良を投げ飛ばすと今度は赤髪の元へ向かって行く。凄まじい威圧感に負けじと両サイドから二人の不良が飛びかかって来るが五條は目もくれず、両拳を彼らの顔面に喰らわせる。二人は呻きすら発さずに地に崩れた。
まさしく瞬殺。
その様子にいよいよ怖くなったのか、残りの不良達は一歩後ずさった。赤髪は真っ青な顔で言葉を絞り出す。
「お前っ…弱くなったんじゃねぇのかよ…!」
「……あぁ?そうだよッ」
肯定した五條は脚を止めないで次々に向かってくる果敢な不良を腕だけで制していく。その圧倒的な強さを纏う背中は、今まで俺が見たこともない背中だった。
本当に俺の知っている五條なのだろうか。今の彼からは弱さなんて全く感じない。それはかつて完全無敗、最強の名を響かせていたオレンジの鬣を靡かせる獅子の姿。
五條の力が、戻ったのか…?
これが本当の五條…?
「…いきなり俺は弱くなった。力が失くなって最初に気づいたのは心の弱さだった。…初めて守ってもらって気づかされたんだ…」
言葉を紡ぎながら、敵はバタバタと見事に崩れ去っていく。主犯格である赤髪に五條は一気に詰め寄った。赤髪は怯えながら今にも腰を抜かしそうにフラフラと後退していく。
「俺は、兵藤を巻き込んだ。何度も護ってもらった。…だからこれ以上迷惑かけるわけにはいかねェ。傷つけるわけにもいかねェ。今一番護らなきゃいけないのは、プライドでも弱くなった心でもなんでもねェ、こいつなんだッ…」
五條がどんな顔をしてるのかは分からなかった。けれど確実に響いた声は俺の胸を締める。
(ああ、どうして、迷惑なんて思っていないのに)
俺だってお前が傷つく所が見たくないから。だから頑張れるんだ。
五條、お前は強いよ。
オレンジ色の鬣をした獅子は赤髪の胸倉を掴み、腕を、その獲物を裂くような鋭い爪を振りかざす。
「群れねェと喧嘩できねぇテメエみたいな奴らが触れていい相手じゃねェーんだよッ!二度と兵藤に近寄んなァッッ!!」
鈍い音と共に赤髪は反動で吹き飛び、地面へと叩きつけられた。一部始終をただ呆然と見ていることしかできなかった俺の脚を捕らえた金縛りは、今ここでようやく解けたのだった。
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