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6日目
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「なんか、におう。」
「んーなんだろ。」
「いや、なんだろ、じゃないね?」
明らかにそれでしょ。そう言うや否や、七星くんは、俺が大事に持ってたタッパーをさっと取り上げた。
七星くんは大学の同級生でね、アホなの。寝てばっかりだから、よくノートとか貸してやんなきゃなんない。手がかかる人だよね。
「ちょ、まって。これなに。」
「えー、チンジャオロースだよ。見てわかんないの。」
七星くんってチンジャオロースも知らないの。
「いや、そういう意味じゃないからね。」
「じゃあ、どういう意味なの。」
...七星くんって、たまに言ってる意味わかんないよね。みんなは頼りになる人って言うんだけど、みんな見た目に騙されてる。
「だからさぁ、なんでチンジャオロースなんか持ってきてんのって聞いてんの。...あぁ、もういいわ。」
そう言う七星くんの俺を見る目は死んだ魚のようで。具合でも悪いんですか。
てかそれなら最初っからそう言ってよね。だがしかし大人な俺は、そんなことに一々目くじら立てないのだ。
「アメリカンさん、あ、カフェのお客さんなんだけどね、チンジャオロースが好きだって言ってたから、今日持ってくの。」
喜ぶ顔を想像したら、こっちまで嬉しくなっちゃう。あーもうほんとはやく渡したい。
「え、待って、バイトって、最近始めたよね。」
「うん、4日目だよー。あ、5日目かなー。」
「ちょ、待って。誰に渡すって?」
「アメリカンさん。」
「アメリカン、さん。ねぇ...」
「うん。」
......へぇ。となにやら含み笑いの七星くん。ほんとなんなのこの人。
「で、今日は、それ渡す約束?」
「約束はしてないよ。あ、でも今日も来るよ。だって俺がバイト入ってる日は絶対来るし。」
「...あっ、そう。」
バイト始めて4日目なのに?...そう言って七星くんはサークル棟に行ってしまった。最後鼻で笑ってたのは気のせい?
アパレル系サークルに入ってる七星くんは、いつも衣装のデザインだの会場設営だのと忙しそうにしてる。
なんか近々ファッションショーがあるらしくて、今日はモデルと打ち合わせらしい。
俺もモデルに誘われて試しに行ったことあるんだけどね、やっぱお前どんくさいから無理って断られたんだよ。
向こうから頼んどいて超失礼じゃない?ステージでちょっとつまづいただけだよ。
俺達いっつもこんなだから、なんで七星くんと仲良いかわかんないんだけど、気づいたら一緒にいるんだよね。不思議と居心地は悪くないんだ。
いつ来るだろう、ってそわそわしてる俺。決してチンジャオロースの匂いがキッチンまで漂っているからではない。店長が不審げにチラチラとタッパーと俺を見比べてくるからではない。
...あ、来た。今日もいつものやつを頼んだその人に、熱々のアメリカンコーヒーをお出しする。ありがと、ってホッとする顔で言ってくれる彼を見て、これからの展開にワクワクせずにはいられない。
「あの、今日はティラミスです!」
ここのティラミスは甘さ控えめで評判がいいんだ。実はバイトする前から、時々ティラミス目当てにこのカフェに来ていた俺が言うんだから、間違いない。
「あ、あぁ、どうもありがとうね。」
「いえ!あと、これ!」
後ろに隠し持ってたチンジャオロースのタッパーを、その人の目の前に出した時、俺は確信した。作戦が成功した事に。
「...な、なに!?」
いつも半分くらいしか開いてない目を、まん丸く見開いて驚いてる。
「チンジャオロースです!昨日、好きって言ってたので、作っちゃいました!」
「あ、そ、そうなの、ありがとう、ね。」
ちょっと狼狽えながらも、ぎこちない笑顔で受け取ってくれた。
ケーキとタッパーをまじまじと眺めるその人を見てたら、とんでもなくいい事をした気分になって、ウキウキしてカウンターに戻った。そういえば、パパに料理作った時もあんな風に喜んでくれたよね。
あ、言い忘れたことがあった。カウンターから身を乗り出して、くるっとアメリカンさんに振り向いたら、タッパーの角を少しだけ開けて中の匂い嗅いでた。
「あの、明日中には食べてください!あと冷蔵庫の中で保存して下さい!」
こくこく、って頷いてるのを見届けて、やっといつもの仕事に戻った。うるさいって店長に怒られたけど、そんなの気にもならないくらい今日は上機嫌だった。
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