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真琴side ⑩
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静かだった。時計の音だけが響いてる。
俺は 吐き出すだけ吐き出して 放心状態だったし、
内山は 口を開けて 俺を呆然と見つめてる。
「ぷはっ!」
沈黙を破ったのは 内山の吹き出した笑い声だった。
でも それは ただの笑い声じゃなかった。
さっきとは逆に 内山の頬を涙が濡らしていた。
「内山……。」
俺は一体何を言ってしまったんだろう。きっと内山が 悩んで苦しんでようやく出した答えに。
「あの、内山、さっきは……。」
「うん。やっぱり お前に聞いて貰って良かったよ。俺 実は 振られた事ねえの。さっきはお前に格好つけて ああ言ったけど 本当は辛くてやり場の無い気持ちを持て余してた。でも お前の言う通りだよな。俺の気持ちを俺が大切にしてやらなくてどうする。」
「……。」
「お前の啖呵、胸に突き刺さったよ。俺の為に怒ってくれてありがとう。これでようやく決心がついた。俺 この気持ち、ちゃんと届けるよ。もう格好つけて諦めたふりもしない。」
「内山……。」
内山は赤い目を 一度ゆっくり閉じ 再び俺を見据えた。
「鮎川、お前が好きだ。」
「!!!!!!'」
俺は この時 自分がどれだけ軽率な言葉を放ってしまったのか初めて気付いた。
内山が好きだったのは、
内山がずっと見守ってきた相手は、
内山が自分を殺してまで身を引こうとした相手は、
俺……?
「なあ鮎川、ちゃんと届いたか?俺の気持ち。」
内山が視線を反らさずに問い掛ける。
普段ヒョウヒョウとした内山が 、
デカい商談をもぎ取ってきた時に見せる顔、
今日俺に『今夜は付き合え』と言った時と同じ顔で。
本当に どうして俺はいつもいつも 相手の気持ちを踏みにじるんだろう。自分が嫌になる。『諦めるな』『味方だ』と言った 同じ口で 俺は内山を今から斬りつけるのか?
「ああ、ちゃんと届いた。ここに ちゃんと届いたよ、内山。」
俺は胸を押さえながら 次の言葉を放った。
「ごめん。」
内山は赤い目を細めながら頷いてくれた。
いつも どんな気持ちで側に居てくれたんだろう。どんな気持ちで励ましてくれてたんだろう。俺が付けた傷痕を俺は直してあげられないのに……。
仕事もよくフォローしてくれた。
匠と気まずくなってから心もフォローしてくれた。
いつもありがとう。こんな俺を好きになってくれて 本当にありがとう。
言葉に出来ない言葉は 俺の頭の中で何度も何度も再生した。
「鮎川、1つ頼みがあるんだ。」
「うん。何?」
「1度だけ抱きしめさせてくれないか?」
「うん。……いいよ。」
次の瞬間 顔を影が覆った。俺の7.8cm高い所から力強く覆い被された 逞しい腕、硬い胸板、香る髪の匂いは 匠とは違う人で、その人は俺の耳元で囁いた。
「おめでとうって言って?」
おめでとう?どういう意味なんだろう?俺は何だか今は不謹慎な言葉の様な気がして 一瞬躊躇した。
「早く言って。もうすぐ今日が 終わる。」
訳が分からなかったけど 急かされるまま、俺は言った。
「内山、お、おめでとう?」
「……ありがとう。」
お礼を言った内山が俺から体を離した。途端に体から力が抜けたのを感じた。やっぱり俺、緊張してたんだ。匠以外の誰かに 抱きしめられたのは初めてだった。
「鮎川、今日はまだちょっと無理だけど 週明けまでには いつも通りに戻しとくよ。だから もう俺の事は気にするな。ちゃんと成仏させてくれてありがとう。俺、お前で良かったよ。本当に お前で良かった。ありがとう。」
内山とこんな事になるなんて ここに来た時には夢にも思わなかった。でも内山の事だから 月曜に会った時には 何事も無かったかの様に接してくれるんだろうな。俺は 本当に周りの人達に恵まれている。支えられてばかりじゃなく 俺も支えてあげられる様になりたい。
「なあ、鮎川、お前今日 帰れるのか?」
時計を見ると 終電の時間が迫ってきていた。そろそろマンションを出ないと乗り遅れる。
「うん。帰るよ。大丈夫。」
きっと 別れた恋人が居るかもしれない家に帰らせるのが心配なんだろう。かといって、さっきの今では泊まっていけとも言いにくいんだろうな。
内山の優しさが また身に染みる。
マンションから徒歩10分程で駅だ。
俺は帰り支度を整えながら 何気無く内山に訪ねた。
「内山の親御さんって 何されてるの?」
沈黙になるのを避けて何気無く言った言葉だったのに 内山は何故か眉間に皺を寄せた。
「やっぱり鮎川は知らなかったんだな。まあ 今日話してみて 何となくそうなんだろうなとは思っていたけど。会社でも知らない人の方が多いし、鮎川が知らなくても まあ無理はないな……。」
何やら一人でぶつぶつ言っている。
どうしたんだろう?俺、もしかして聞いちゃいけない事聞いちゃったのかな?
不安になってると 内山が助け船を出した。
「会社名 言ってみ?」
「会社名……?UchiyamA Corporation ?」
「そ、俺の親父 ここの偉い人。」
……。内山の秘密主義も ここまで来たら質が悪いと思う。内山の家が 金持ちだろうと何だろうと 俺は気にならないけど さすがに うちの会社の社長のご子息と分かった瞬間は動揺を隠せなかった。
内山は 悪戯が成功した子供の様に
「お前って、本当 そういうの興味ないよな。」
って笑ってた。きっと無理して笑ってくれたんだろう。俺はひきつった笑顔を返した。
駅に着くと もう人も まばらだった。俺の家と内山の家とは同じ沿線なので、電車を降りると、家まで徒歩15分位で着いてしまう。
今日 匠は家に居るのかな?
それとも 彼女の家に泊まるのかな?
さっきまで 内山と過ごしてた柔らかい空気が一瞬にして冷えていくのを感じた。
好きなままでいると決めた。
なのに 家が近付くにつれ 気が重くなる。
電車が家の最寄り駅に着いた。
後15分後には 自宅マンションだ。
真っ暗な部屋に帰るのは いつまで経っても慣れない。駅のホームで足が止まってしまう。動かそうとしても 動かない。
『俺、ここ出ていくから。』
匠の声が 聞こえた様な気がした。
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