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匠side ⑥
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---今日、帰りが遅くなります。---
真琴から たった一言だけのメール。
握り締めたスマホは 俺を拒むかの様に やがて黒く窓を閉じた。
今まで 部屋に帰って真琴が居なかった事なんて片手で数えれる位しかねえ。部屋に帰ると そこには必ず真琴が居た。昨日までは。
今日も居ると思ってた?
ハッ。俺は想像以上にオメデタイらしい。真っ直ぐ帰って来る訳ねえだろ。
今朝、俺は真琴にトドメを刺したじゃねえか?
俺に避けられても 無視されても 真琴は俺の側に居てくれた。どんなに辛くても俺から離れなかった。
静かに泣きながら笑う真琴の顔を思い出して また胸が疼く。真琴の あの目はよく知ってる。何かを決意した時に見せる目だ。
真琴は決めたんだ。俺から離れる覚悟を。
俺の一言が 真琴にその覚悟をさせた。
次々と電車が止まり、皆 足早に帰宅の途についている。それぞれの待つ人の元へ。俺だけが その場から動けねえでいた。帰らなきゃ、そう思っているのに 頭の命令を体が拒む。
誰も待ってねえ空っぽのマンションには帰りたくなかった。
動けねえ体とは真逆に俺の頭の中で昨日までの真琴の様子が次々と思い浮かぶ。
会話すらねえのに いつもキチンと用意されてた晩飯。仕事が終わったら いつも真っ直ぐ帰って来て作ってくれた。俺は真琴と目が合わせられなくて ただひたすら黙って食った。旨いと言ってやりてえのに口が動かねえ。いっその事、晩飯なんて作ってくれねえ方が楽だとさえ思った。真琴の作った飯を食わねえなんて俺には出来なかったから。
最初の頃でこそ食えたモンじゃなかった料理は いつの間にかメキメキ腕をあげてた。一緒に本屋に行くと いつも真琴は最初に料理本を手に取る。ページをパラパラめくって旨そうな写真を見付けると 嬉しそうな顔をして言うんだ。
『今度はコレに挑戦するよ。』って。
貯まっていく料理本の数々。俺が見てもサッパリ分からねえ。とうとうリビングに造り付けの棚の半分近くまで埋めちまった。どこまで増やすつもりか観察してたら ある時真琴が目をキラキラさせて携帯を俺に見せた。何でもそれは料理の無料アプリらしく、
『これ、凄いんだよ。料理名や材料名を入れて検索するだけで一杯出てくるんだ。これがあれば 何時でも何処でも見る事が出来るよ。』と嬉しそうな顔をしてた。実際に通勤の電車の中でも見ていたらしい。座れねえのに危ねえから辞めとけって言っても聞きゃしねえ。
『料理本だったら電車の中で見るのは無理だけど、これなら片手で見れるから大丈夫だよ。』って得意顔で言ってたな。
俺が特に好きなのは キャベツのやつだ。昔 金が無かった頃、真琴が大量にキャベツを買い込んで来て いきなり始まったキャベツ週間。毎日毎日キャベツキャベツでいい加減ウンザリしてた所に 例のキャベツのやつを出された。何だよコレ、とうとうネタ切れか?もしかして千切っただけ?と思いながら食ってみると 意外にも やみつきになる程旨かった。真琴は これでどうだって顔をして俺を見て笑ってたっけ。
今では 色々凝った料理も出来る様になって どれも旨いけど 俺の中で上位を譲らねえのがアレだ。勉強やバイトに明け暮れてた当時の背景が思い出され アレを食うと懐かしさが込み上げるんだ。
真琴の飯か……。
今まで当たり前に食えてた真琴の飯が もうすぐ食えなくなる。もしかしたら 今日から作ってくれねえかも知れねえ。考えただけでゾッとした。
俺が旨そうに食うのを見るのが好きだと言ってくれた。俺は真琴が楽しそうに料理を作るところを見るのが好きだった。お気に入りのソファーからキッチンの真琴を見ていると幸せだった。旨い飯を食って 一緒に片付けて 真琴が笑って 俺も笑って。そんな ささやかだけど穏やかで大切な日々……。
失いたくねえ!
何が 真琴の為に別れるだ?そんな覚悟なんて本当は全然出来てねえじゃねえか。
毎朝 占いを観て、1位になるなと願った。
それが本音だったんだろう?
何で 本音から目を反らした?
真琴から逃げ、本音から逃げ、俺は何処に行くつもりだったんだ?
『過ちを犯さない人なんて 何処にも居ません。間違ったら素直に認めて 謝って 何度でも何度でもやり直せばいいんですよ。』
遠藤さんに言われた言葉を思い返す。
そうだ、俺は過ちを犯した。でもそれを謝ってすらねえ。
逃げずに俺の側で 悲しみと戦った真琴。
逃げ回って現実から目を反らした俺。
今更ながら 自分がクズすぎて情けねえ。謝りてえ。心から謝りてえ。
真琴に逢いてえ。
もう一度スマホを覗く。
短けえ文章だけど、俺が心配しねえ様に連絡くれたじゃねえか。俺はメールすらせずに真琴を待たせただろ?こんな所でボーっと突っ立ってる場合じゃねえ。
俺はもう一度自分を奮い起たせた。
家に帰ろう。真琴が帰って来た時に 暖かく迎え入れてやれる様に、電器をつけよう。真琴はいつも暗い家に帰って来てたのだから。
俺は ようやく家に向かって歩き出した。
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