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岩清水がぼうっとリビングの方を見てるんで、何かあんのかと思って見たけど何もなかった。
別にTVも点いてねーし、考え事か?
ああ、でも、カーテンが開けっ放しだ。オレはコップを流しの洗い桶に突っ込み、大股でリビングまで歩いてカーテンを閉めに行った。
ついでにTVを点け、ソファに座ろうとして……その上に散らかしてる、毛糸の山に気付いた。
無意識にため息が出る。
また昼間、ここに座ったり寝転がったりして、編み物してたんかな? 何編んでんだ、セーター?
ごちゃっと丸められてんのは、黒とグレーの何かと、茶色とベージュの何か。
洗い替えに2着作ってんのか? よく分かんねーけど、ご苦労なこった。
けど何となく、オレが触っちゃいけねーような気がして、ソファに座んのは諦める。
ふとダイニングの方を振り向くと、岩清水がぼうっとオレを見てた。
真っ白い顔で。
さっきは気が付かなかったけど、肩が揺れてる。浅く呼吸するたび、肩が揺れて……喘いでる。すっげーしんどそう。
オレを見てるってより……おい、目の焦点が合ってなくねーか?
「あんた、大丈夫なんスか?」
急いで駆け寄ると、岩清水はふっと笑って、「なんともないです」と小さな声で応えた。
「疲れやすいだけです」
「疲れてんじゃないッスか! 寝てなきゃいけねーでしょ、ベッドに……」
「いいえ!」
オレのセリフを強く遮って、岩清水は小声で、だけどきっぱりと言った。
「ここで怜様をお待ちします。『お帰りなさい』を言いたいし、一緒にお食事もしたいです。だって、もうあと、3日しかない、です」
あと3日……。
そう言われたら、オレにはどうにもできなかった。
なんでこの女は、一週間なんて期間限定の恋人を欲しがるんだろう。
なんで怜は、それに簡単に応じたんだろう。
思い出作り、とか、怜が言ってたような気がするけど。
でも普通、ここまできたら、思い出で済ませたくなくなっちまうのが人間じゃねーの?
ちょっと貰ったら、もっともっと欲しくなっちまうのが人間じゃねーの?
あの女は、ホントにそれでいーのか? 諦め切れんのか?
諦めなきゃならねー理由があんのか?
けど……そんなこと、部外者のオレが訊いていいことじゃねぇ。
どんなに気になるっつっても、部外者である以上、聞きたいなんつーのは興味本位だ。
聞いたって、何も力になってやれねーし。オレの関与なんて、求められてねーし。
だからオレが唯一してやれるのは、目を逸らさねーでいてやること。
全部受け止めて、受け流すこと。
多分、きっと……そんだけなんだ。
明けて、土曜日。
秋季リーグ、第6週。怜が先発で投げるってんのに、岩清水は家で留守番するらしい。
「家の者に、ビデオ撮影を頼んでありますから、いいんです」
岩清水はそう言って、怜の手をきゅっと握った。
「ご朗報をお待ちしています」
「うわ」
怜はちょっと顔を赤くして、しばらく逡巡してから「ありがとう」と笑った。
ああ……こういうとこ、やっぱ魔女だ。
オレはっつーと、今日明日は塾講師のバイト。9時からだ。
駅前の雑居ビルの2階と3階にある小さなとこで、メインは高校受験を控えた中学生。
中2と中3の数学が担当だが、たまに理科なんかもヘルプで教えたりなんかする。
「先生の授業は、数学より理科の方が面白い」
そんなこと言われたりもするが、そりゃ教え方ってよりもむしろ、内容自体、数学より理科の方が面白いってだけだろう。
周りが大学生ばっかだからかな。中学生はホント、ガキみたいに感じる。特に女子。
「先生、彼女いないのー?」
「あたし、なったげるー!」
「先生、マジ格好いーから好き」
「今まで何人とセックスした?」
そういう事言われても、全然ギョッとしねー辺り、ストライクゾーンじゃねー証拠だ。
つかオレ、怜しかいねーし。
怜にしか反応しねぇ。
昔は適当に写真雑誌見たんでも抜けたけど、今となってはもうムリだ。オレには……怜しかいなかった。
午後6時。バイト終えてアパートに戻ると、言い争いの声が聞こえた。
「何言ってるんですか!」
怜がそんな風に声を荒げてんの、初めて聞いたんで、ビックリした。
「絶対ダメだ! オレはイヤです。イイコトなんて1つもないし。そもそも無理です!」
それに対して岩清水は、半泣きで言い募ってた。
「お願いです。一度だけでいいんです。後悔しないし、したくないんです」
何の話だ?
迷ったけど、わざとデカい音立てて玄関の戸を閉めてやった。
ハッと息を呑んで口論をやめた2人は、オレがダイニングに入っていくとギクシャクと離れた。
「あ、哲也、お帰り。試合、勝ったぞ」
怜が取り繕うように言った。
「おー、やったな」
オレは話に乗ってやりながら、2人をそっと見比べた。
怜はまだちょっとピリピリしてっし、岩清水はこっちに背を向けて、そっと目元を押さえてる。
彼女がバカなことを言って、怜を怒らせた――そんな感じか?
バカなことって、どんなことだ?
そのバカなことの内容を、岩清水本人の口から聞かされたのは、翌朝のことだった。
ホント、バカなことだ。
怜も怒るハズだ。
しかも、オレに相談することじゃねぇ。
怜が試合に出て行った後。オレがバイトに出かける準備をしてると、部屋のドアがノックされた。
「……はい」
ドアを開けると、岩清水が真っ白い顔を赤く染めて立っていた。
「一生のお願いです」
岩清水は、緊張に震えながらオレに言った。
――怜を一晩、貸してくれ、と。
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