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18話 開き直った俺は質が悪い
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あ、そう言えば俺、トキちゃんに渡したい物があるんだ。
そう言って一旦ベッドから離れたしぃ兄は、着ていた上着を俺に羽織らせてからボストンバッグと一緒にドア横に置かれている白い紙袋の方へ足を向ける。
紙袋の中に手を突っ込んで取り出したのは袋と同じく真っ白な箱。
それを目の前に差し出してきたしぃ兄は、ベッドの縁に座る俺の前に片膝を付き笑顔を浮かべている。
バランス良く整ったスタイルに、真っ直ぐ伸びた背筋。その姿は様になり過ぎていて思わず見蕩れそうだ。
赤くなりそうな顔を何とか抑え込んで俺が小さく首を傾げると、開けてみて。と笑顔で言われたので、よくわからないまま俺は差し出された白い箱を受け取りゆっくりとその上蓋を開けていく。
「っ!? しぃ兄、これっ」
中に入っていた物は、自分が社会人になるまで持つ事はないだろうと思っていた物で。
驚いて見開いたままの目で凝視しながら、震えそうになる手で慎重に俺は箱の中に入っているそれへ手を伸ばす。
大きさは丁度片手で持てるぐらいで、形は長方形。
つるりと滑らかなフォルムは淡い緑色のケースに綺麗に収まっており、俺はこれと全く同じ物を少し前にも見ていた。
そう、しぃ兄が生徒会長と、通話をしていた時に……。
「スマホって……いいのかよ。こんな、高価な物」
「母さんと俺からの入学祝いだよ」
「でも、今の俺じゃ二人に何も返せないのに……っ」
本当にいいのかと言う戸惑いと申し訳なさ、そしてそれらを覆い尽くしそうな程の嬉しさが胸に込み上げてきて。
ああ、やばい。そう心の中で呟き終わる前に、溢れた涙が目尻から幾つも流れていた。
「トキちゃんは気付いてないだけだよ。一緒に暮らしてた頃、俺も母さんもトキちゃんから大事なものを沢山貰ってる」
「……っ」
止まれ止まれと思うのに、ひっきりなしに目の奥から溢れてくる涙は俺の頬を容赦なく濡らしていく。
そんな俺の頬に手を添え指で優しく涙を拭ってくれるしぃ兄の瞳の中は、慈しみでいっぱいだ。
涙腺崩壊という言葉がピッタリ当て嵌るぐらい俺の涙腺はぶっ壊れてしまい、呼吸すら上手く出来ず何度もしゃくり上げてしまう。
こんなにも感情のコントロールが効かなくなるくらい泣くのは、いつぶりだろうか。
引き摺られるようにあの父親に腕を引っ張られ、しぃ兄と母さんから引き離された幼い時以来かもしれない。
「もしそれでもトキちゃんが俺と母さんに何かを返したいって言うなら、トキちゃんが大人になってから、俺と母さんにプレゼントしたいと思った物を頂戴」
「するっ……プレゼント、するっ。だ、て俺っ、なにも、っあげた記憶、ないっ」
まるで小学生の頃に戻ってしまったかのように、俺は盛大に泣き続ける。
そんな俺をしぃ兄はそっと抱き締め、耳元で囁くように言葉を紡いだ。
「ちゃんと貰ってる。それに俺は今、トキちゃんと再会してからずっと沢山の幸せを感じてる。この幸せは、トキちゃんからじゃないと貰えない大事なものだよ」
「っで、も……それはっ、俺も一緒、だっ」
「そっか。それは凄く嬉しいなぁ。ねぇトキちゃん、俺と母さんからのプレゼントは、嬉しくない?」
目尻に何度もキスをして、流れる涙を唇で奪っていくしぃ兄が微笑みながら意地悪く問う。
俺は勢い良く頭を横に振り、そんな訳ないとしゃくり上げながらしぃ兄の問に否定を返した。
「嬉しい、にっ、決まってるっ!」
スマホを両手でぎゅっと握り締め「ありがとう」「嬉しい」と、俺は何度も口にする。
どう、言葉にしていいのかわからない。
俺にとって特別な二人であるしぃ兄と母さんからのプレゼントだと言うことがただ本当に本当に嬉しくて、少しでもこの気持ちを伝えたくて。
上手く上がらない口角を意地で持ち上げ、きっと不細工な顔になっているんだろうとわかるけど、俺は構わず今出来る最高の笑顔を目の前のしぃ兄へ向けた。
「宝物に、するから」
くしゃりともへにゃりとも言えない歪な笑顔である筈の俺の顔。
そんな俺の顔を見たしぃ兄は目を大きく見開いた後蕩けるような笑みを浮かべ、すぐに俯くと今度は乱雑に頭を掻き始めた。
「ああ、もうっ。それは反則でしょっ」
「しぃにっ? んぅっ」
ベッドに膝を付き乱れた前髪を掻き上げたしぃ兄の端正な顔が、涙で滲む視界に突然ドアップで映り込む。
濡れた目尻と頬を指で撫でながらしぃ兄は俺の舌を深く絡め取り、泣いて乱れていた息を全て奪い去っていった。
「ふ、ぁっ、んんっ」
「っ、はっ……」
下唇を甘噛みされ、ゆっくりとしぃ兄の顔が離れていく。
こつりと額同士をくっ付けてきたしぃ兄の顔は悩まし気で、泣いていたのと先程のキスで大きく息を切らした俺は内心で首を傾げながらその整った顔を見詰め続ける。
「お願いだから、俺以外の奴にそういう顔見せないでね」
絞り出したような声音で小さくそう呟いたしぃ兄は、緩慢な動作で頭を斜め下へ移動させていく。
目尻にキスを落とし、耳朶を甘噛みして、首筋を舌先でぺろりと舐めた後、最終的に落ち着いたのは俺の肩に顔を押し付けるような形で。
まるで縋るように、お願いだからと尚も言い続けるしぃ兄に俺は何回か深呼吸を繰り返し息を整え、手触りの良過ぎる金糸の髪を片手で梳きながらゆっくりと口を開く。
気付けば、涙は綺麗に止まっていた。
「しぃ兄は馬鹿だな」
「酷い……」
「だってそうだろ? そもそもすげぇ捻くれてて強がりで筋金入りのブラコンな俺が、他人にこんな顔見せるの許すわけねぇじゃん」
「うん」
「情けなく泣いたり、意地張りつつも甘えたり。俺がこんな姿を晒す事が出来るのは、しぃ兄の前でだけだ。……今俺が言えるのはこれがギリギリ、かな」
俺にとってしぃ兄は特別な存在で、心から好きだと、愛してると伝えたい人で。
少し前までは嫌われたくないと心の中でぷるぷる震えて弱気だった筈なのに、思い切り泣いてスッキリしたお陰も相成ってか。ここに来て、俺は完全に開き直ってしまった。
しぃ兄と再会してまだ一日も経っていないと言うのにとんだ変わり身の早さだと自分でも少し呆れてしまうが、仕方が無い。
不安でぐらぐらだった俺の足元を、言葉にせずともしっかりかっちり固めてしまったしぃ兄が悪いんだ。
……ああ、それにしたってもどかしい。
真っ直ぐ言葉で気持ちを伝えられないという事がこんなにも苦しいものだったなんて、俺は今日まで知りもしなかった。
「しぃ兄が不安になるなら、俺に首輪を嵌めて鎖に繋いで、気の済むまで縛ればいい」
「っ!?」
「その代わり、俺もしぃ兄を縛るから」
シルクのような髪に口付けをして、頬を軽く擦り寄せる。
普通ならドン引くような事をさらりと言ってしまう自分自身に、開き直った俺は質が悪いなと心の中で苦笑した。
「熱烈だね」
「こんな俺は嫌い?」
「まさか。ーー最高」
少し体を離してからお互いの片手を重ね合わせ、どちらからともなく触れるだけのキスをする。
くすりと笑って抱き合えば優しい温もりが心と体にじんわり広がっていって心地が良い。
……この夢のような時間を、あともう少しだけ。
そんな俺の願いは、本日三回目となる着信コールにて無残にも呆気なく消え去ってしまった。
『しぃ兄、電話だよ。しぃ兄、電話だよ。しーー』
それにしてもこの着信コール、本当に何とかしなければ。
このままじゃ色々不味い。
主に俺の羞恥心が、だけど。
「〜っ馬鹿竜二! 空気読めよ! カルテット共々後で血祭りに上げてやろうか!? あ゛あっ!?」
そして俺はこの時初めて、人一人どころか何人も余裕で手に掛けているだろうと言うくらい目が据わり、こめかみにぶっとい青筋を浮き上がらせ怒りを露にしているしぃ兄を見た。
「しぃ兄、どうどう」
電話に出るや否や、がるるるるっ。と本人が目の前に居れば噛み付かんばかりの勢いで、しぃ兄は電話越しの生徒会長へ怒声を浴びせる。
俺はそんなしぃ兄を宥める為に背中をぽふぽふと軽く叩きながら、今のこの状況が夢じゃないんだと言う事を密かに実感し心の中で小さく喜びの声を上げた。
何だかんだ電話に出て、文句を言いつつもしっかり話は聞いている真面目な所も俺は大好きだよ、しぃ兄。
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