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03話 過去の自分と美少年な兄 前編
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺がまだ小学三年生だった時、今まで一度も着たことがない子供用礼服を無理矢理着せられ、訳が分からないまま父親に連れて行かれた高級レストラン。
そこで、当時小学四年生だったしぃ兄と、子供一人を産んでいるとは思えない程のプロポーションを持つ母さんの二人に、俺は出会った。
レストランへ向かう途中のタクシーの中で父親から聞いたのは、これから再婚相手の人達と食事をすると言うこと。
父親の口から溢れていた愚痴を聞き取って分かったのは、その再婚が所謂、政略結婚ならぬ政略再婚だと言うことだった。
レストランの天井からいくつも吊るされている豪奢なシャンデリアに負けないほど煌びやかな金糸の髪を靡かせ、女性の美しさと可憐さを絶妙な塩梅で引き出した笑顔をこちらへ向けてくる当時の母さんは正に、正真正銘の美女と言えるだろう。
なんせ他のテーブルに付いている男性客が全員、色を含んだ目で母さんの事を見ていたのだから。
そして、そんな美女の横で堂々とした姿を見せるのが、当時の俺とたった一つしか歳が違わないとは到底思えないスーパー小学四年生なしぃ兄だった。
少し垂れ気味な翡翠色の目はシャンデリアの光に照らされ透き通った海に似た輝きを放っており、母さんよりも少し色素が薄い金髪はシルクの様に滑らかそうだ。
健康そうでありながら白磁のような肌に、すっと通った高い鼻と形の良い唇。
母さんが正真正銘の美女なら、しぃ兄は正真正銘の美少年だった。
この女の人の親は、政略再婚させる相手と会社を間違えているんじゃないだろうか。
この時の俺は、本気でそう思っていた。
なんせ、相手がこの暴力男だ。
今はまだ常識人な皮を被っているが、結婚すればその本性を徐々に見せて行くだろう。
そしたらきっと、この男のやる事に耐え切れなくなって、この容姿端麗親子も俺の実の母親と同じように黙って居なくなるに違いない。
こんな暴力男にこういう事をさせるアホな考えしか持たない父親側の会社と手を組んで、ほんと、何の得があるのやら。
「ほら、挨拶は?」
「……刻也(ときや)です。これからよろしく、お願い……します」
いくら柔らかな口調であっても、父親の声を聞くだけで今も昔もミミズが体を這っているような不快感を感じていた俺は、無表情を崩さないよう気を付けながらたどたどしく自己紹介を口にする。
なんだその表情は。視線で父親にそう責め立てられたが気付いていない振りをして、当時の俺は、眉間に皺を寄せなかっただけでも有難いと思いやがれと、父親に対する文句をブツブツ心の中で言っていた。
そうして何だかんだ食事会は何事もなく終わり、後日父親と母さんが籍を入れ、俺はしぃ兄達と一緒に暮らす事になる。
この時、当時の俺は決めていた。
この女の人と男の子はきっと良い人達だ。だからこそ、絶対に心は開かないでいようと。
身体的な痛みなら、骨を折られようが腕を刺されようが堪えられる。
でももうあんな、実の母親から捨てられた時に感じた、心臓を灼熱の炎で焼かれ、素手で抉られ、ズタボロに引き裂かれた上から更に踏み潰される様な、なんとも言葉に例え難い痛みを再び感じるのは、恐怖でしかなかった。
本能的に、わかっていたんだ。
この二人の優しさを素直に受け入れて二人の事を知れば知るほど。好きになればなるほど、あの男が本性を見せ二人が居なくなった後が辛くなる。
下手をすれば、母親の時以上の痛みを感じる事になるだろう。
それに堪えられる自信など、弱い俺にはなかった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ねぇ、刻也君はさ、俺と母さんの事、嫌い?」
一緒に暮らし始めて三ヶ月ぐらいが過ぎ、母さんも父親も仕事の為俺としぃ兄しか居ないリビングにて。
ソファに座ってボーッとしていた俺をしぃ兄が突然押し倒し、真剣な表情でそう尋ねてきた。
いきなりの展開に幼い俺は目を大きく見開き、至近距離にあるその怖い程綺麗で吸い込まれそうな翡翠色の瞳をただ黙って見つめ返す。
「ねぇ、どうなの? 黙ってちゃわからないよ?」
両手首を完全にホールドされ身動きが取れない俺に、しぃ兄は再度、口を開く。
アンタは本当に俺と同じ小学生なんですかと言いたくなる程強い力でギリギリと手首を締められ、自然と痛みで眉間に皺が寄る。
頭の中では警報が煩いくらいに鳴り響いており、これはまずい、今すぐ逃げろともう一人の自分が大声で叫んでいた。
「はな、せよっ」
「ダーメ。……血は繋がってないけど、俺も母さんも刻也君の事、本当に血の繋がった家族の様に思ってる。だからね」
あぁ、やめてくれ。
赤子をあやすような優しく安心感のある声音で、それ以上言葉を続けないでくれ!
心の中で悲鳴に近い声で叫びながら拘束を解こうと精一杯もがくが、この時の俺の手足は棒っきれのように細く力も全然無かった為、いくらもがこうがしぃ兄には全く効果がない。
この三ヶ月近くの間、しぃ兄も母さんも俺に凄く優しくしてくれた。
その優しさに対し俺は二人に冷たく接する一方で、その事に一抹の罪悪感を感じながらも、やっぱり優しさに触れた後に捨てられる恐怖心の方が強かった。
俺にとって実の母親に捨てられた事は深いトラウマとなっており、もう二度と体験したくない記憶として鮮明に刻まれている。
「……っ」
そう、刻まれているはずなんだ。
このちっぽけな体や、脳や、心に。
あんな思いをするのは二度とごめんだ。
――だから、気付かないようにしていた。
一人でいれば、俺は傷付かないで済む。
――だから、気付いていない振りをしていた。
この三ヶ月近くで、俺は自分から二人の優しさに触れたいと。
人の温もりが、優しさが、愛情が欲しいと、そう訴える自分自身を、無視し続けていた。
「俺は、刻也君の本当の気持ちが知りたい。ねぇ、知ってた? 刻也君の瞳、いつも凄く苦しそうで淋しそうで、今にも泣きそうな色をしてるんだよ?」
「な……っ」
「だけど君は強がって、そんな態度を一切取らない。俺や母さんが刻也君の心に触れようとしても、頑なに拒絶する。だからね、俺は強硬手段に出る事にしたんだ」
「それ、が……これ?」
「うん。ねぇ刻也君、もう一度聞くよ? 君の、本当の気持ちを、教えて?」
「……っ!? なんで、そんな顔……するんだよっ。んなの、ずるいっ!」
首を軽く横に傾け俺に問いかけてきたこの時のしぃ兄の表情は、今でも鮮烈に覚えている。
いつも綺麗な曲線を描いている眉は情けないくらいハの字に垂れ下がり、それこそ今にも泣きそうな顔をしているのに無理矢理笑顔を作ろうとしているから、口元がなんとも歪な形をしていた。
翡翠色の瞳は懇願してますと如実に語っていて、至近距離でそんな瞳を見つめていた俺は気付けば目尻からボロボロと涙を流し、唇をギュッとキツく噛み締め泣いてしまっていた。
「っんで、なんで、俺に構うんだよ! こんな可愛げの無いガキなんか、放っておけばいいだろ!?」
「刻也君は可愛いよ?」
「は? どこが!? 今までアンタ達が話しかけてきても俺はずっと無視してた! ご飯だって一緒に食べようとしない! こんな俺の、どこがっ……」
気付けば手首の拘束は無くなっていたが、この時の俺の頭の中にはもうしぃ兄から逃げると言う選択肢がどこかへ消えていた。
両腕を交差した形で目元を覆い、上手く呼吸が出来ずしゃくり上げながら、自分でもだんだん何を言ってるのか分からなくなっていく。
「俺がもし、可愛げのあるガキなら、っ、母さんは……母さんは俺を、置いていったりしなかった! アンタ達だって、同じ。あの男の本性を知ったらっ、アンタ達親子だってどうせ、俺を置いていくんだ! 結局一人になるなら俺はっ、最初っから一人でいい! 家族なんて、家族なんて――っ」
いらない。
その一言が、どうしても口から出てこなかった。
だって心の奥底では、家族が欲しいと言う願望があったから。
学校の授業参観で、自分の子供を微笑ましく見守っている親と、いつもより目に見えて張り切っている自分以外のクラスメイトを見るのが辛かった。
運動会の時、よく頑張ったと頭を撫でられている子を、家族団欒でご飯を食べているその光景を見て俺は、一人コンビニのおにぎりを食べながら無性に泣きそうになった。
いつだって俺は、家族と言うものを羨ましがって望んでいた。
でも、自分がそれを望んだって手に入らない。望んじゃいけないものだと、諦めようとしていた。
なんせ血の繋がった実の父親には理由も分からないまま暴力を振るわれ、母親には捨てられる。まるで、生まれてきた事自体を否定されているみたいに。
他の大人に助けを求めても、皆父親の会社の力を恐れて知らないふりをするばかり。
「なんでっ……なんで、こんなっ。やだ……嫌だっ! もうあんなの、や……。嫌なのにっ、なんで……」
矛盾した自分の気持ち。
二人に対する罪悪感。
トラウマの恐怖に、しぃ兄からの予想外な行動。
頭の中がごちゃごちゃして、今まで溜まってた色んな物が一気に爆発した感じだった。
もしかしたら、しぃ兄によってわざと爆発させられたのかもしれないが。
「…………もう、いい。疲れた」
「え? 刻也く――っ!?」
大声で泣き喚いたせいか、頭が少しぼんやりとしてきて、体が重い。
正直、色々と考える事が面倒くさくなっていた。
だからもう何も考えず俺は一瞬だけ腰を浮かせ、そのタイミングに合わせ着ていたシャツを勢い良く脱ぎ、目の前のしぃ兄へ上半身をさらけ出す。
「これが、あの男の本性だ」
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