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13話 壁ドンならぬ床ドン
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なぜかカナちゃん先輩にどうぞどうぞと案内され、俺は背中にしぃ兄を引っ付けたまま寮部屋の中へ入っていく。
帰れと文句を垂れるしぃ兄を笑顔でまるっと無視してルンルン気分で歩くその後ろ姿は、なんと言うかタイプは違うがしぃ兄や誠真先輩と似たような強者の雰囲気がある。
類は友を呼ぶって、こう言う事なんだろうか。
「…………」
しぃ兄に誠真先輩にカナちゃん先輩。この三人は、根っこの所が物凄く似ている者同士かもしれない。
だがそれを今「しぃ兄達って似たもの同士っぽいよな」などと口にしてしまえば、しぃ兄が真っ先に否定してそれにカナちゃん先輩が抗議し、再び寮部屋前でのアグレッシブコミニケーションが再現されそうなので黙っておく。
それに、しぃ兄に放置プレイされるのは俺の精神的ダメージがけっこうデカイので、暫くは勘弁願いたいと言うのも黙っておく理由の一つだ。
佐久間君に江橋君、それにカナちゃん先輩の後を追って短い廊下を抜けると、そこには共用スペースであるリビングが広がっていた。
室内はホテルと言うよりも家庭的な感じで、奥にはキッチンがあり左側に二つ、右側に一つシンプルなデザインのドアが目に映る。
ドアが二つ並んでいる左側の壁際にはダンボールが幾つか積まれていて、先週義弟にバレないようこっそりまとめた俺の荷物もどうやら一緒に積まれているようだ。
義弟達が寝静まった夜中に物音をたてないよう細心の注意を払いながら詰めていった荷物は、全部で中くらいのダンボール一箱分。
中に入っているのは、しぃ兄や母さんと一緒に撮った写真のアルバム一冊に、写真立てが一つ。下着と私服が数着に、授業用のノートや筆記用具。それと、昔しぃ兄から誕生日プレゼントとして貰った薄茶色のうさぎのぬいぐるみと言った、俺にとって最低限必要な物だけ。
可愛いぬいぐるみは持っているが、少年漫画等は一冊として持っていない事に我ながら味気ないと言うか寂しいと言うか、もう少し物があってもいいのになぁと自分でも思うが、俺が父親や義母からおこづかいを貰えるわけもなく。ならば自分で稼いでやろうと年を誤魔化してバイトをやってみたがすぐ父親にバレてしまい、金は全てむしり取られて義弟行き。
取られた翌日、金は見事義弟へ与えられるお菓子や服に姿を変え、俺は馬鹿馬鹿しくなって自分のおこづかいを諦めた。
暇な時間を勉強と筋トレに費やし、父親と義兄から奮われる暴力をただ黙ってやり過ごす。
義弟と同じ中学に入ってからは家族以外にも義弟を溺愛し心酔する信者が増え、学校ではそんな信者達から虐めの対象にされたりと、家でも学校でも似たり寄ったりな毎日を繰り返してきた。
でも、今はこうしてしぃ兄と再会して一緒に居られる。それだけで俺は嬉しくて心がほっこり温かくなるし、とても幸せだと実感できる。
やっぱり俺はしぃ兄の事が大好きだなぁと再確認しつつ、つい昨日まで当たり前だった日常を思い出しダンボールが積まれている方へ意識共々視線を向けていると、しぃ兄の右手が俺の両目をそっと覆い視界を真っ暗な闇へ染め上げた。
「トキちゃん、大丈夫。これからは俺がずっと一緒だから。ね?」
「しぃ兄? 突然どうしたんだよ」
「あのね、トキちゃんの目がちょっと暗かったから、あの人達の事思い出してたのかなぁと思って。違った?」
「うんや、正解。なんでわかるかなぁ……。あとさ、本音言うと今こうしてもらって凄く安心してる。ありがとう」
まるで俺を守るみたいに回されているしぃ兄の左腕へ縋るように、俺は両手でしがみつき精一杯の虚勢を張る。
きっと今、俺の口元は少し歪な形で笑みを作っているだろう。
しぃ兄の言葉が嬉しくて、伝わってくる体温があまりにも優しくて、眉間に皺を寄せキツく目を閉じていないと今すぐ涙が溢れてこぼれそうだ。
ほんの少しだけしぃ兄に擦り寄って、俺は陽気な声色を意識しながら更に笑う。
「ほんと、昔から思ってたけど、しぃ兄は誑しだよな」
「ふふっ。俺はトキちゃん限定の誑し男だからねぇ。もっと誑しこまれてくれていいんだよ?」
「冗談。弟までその誑しの毒牙にかけようとするとか、末恐ろしいお兄様だ」
泣きそうになるを誤魔化す為の軽口を叩けば、しぃ兄も同じように返してくれる。
本当に俺限定だったらいいのに、なんて。そんなおこがましい事を思いながら、結局いつかは兄離れをしないといけないんだよなぁと、思考はどうしたって暗い方向へ転がっていく。
いつかしぃ兄にも恋人が出来て、俺は兄の幸せを願う弟らしくこの温もりから離れないといけない。
それは自分なりに理解しているつもりだ。
けど、今はまだ兄離れ出来る自信も強さも俺には無い。
ネガティブ思考な自分の根暗さにつくづく情けなくなり、俺は心の中でひっそりとため息を一つ吐き出し顔に出さないよう気を付けながら、ため息と同じように心の中で自嘲の笑みを浮かべた。
「しぃ兄、もう大丈夫だから」
両目を優しく覆ってくれているしぃ兄の手に自分の手を重ね、俺はゆっくりとしぃ兄の手を目元から離し綺麗な翡翠色の双眸と自分の赤茶色の目を合わせる。
まだ心配ですと顔に書いてあるしぃ兄の表情に苦笑しながら、俺はもう一度「大丈夫」と口にした。
「本当に?」
「うん、本当に。あとさ、さっきからカナちゃん先輩の呼吸が物凄く荒いんだけど、あれ、大丈夫なのか?」
なんか、こっちをガン見してる蜂蜜色の目が血走ってるし、顔も赤いし、今にも何かが爆発しそうな雰囲気ダダ漏れなんですが。
ついでに言うと、距離もそこそこ空いているのにこっちにまで荒い息遣いが聞こえてくるって、どんだけ荒ぶってんですか。マジ結構怖い。
けど、俺が作ってしまった暗い空気をぶち壊すにはかなりありがたいので、感謝しますカナちゃん先輩。
「あー、うん。あれが通常運転だから、トキちゃんはあんな奴の事なんて心配しなくていいんだよ?」
「いや、そういう訳にはいかないだろ。カナちゃん先輩のテンションが高いのは自己紹介の時にわかってるんだけどさ」
「んー、本当に心配なんてしなくていいんだけどなぁ。でもまぁ、アレは視界に映るだけで不快だし? そうだね。ちょーっと教育的指導をしてくるね?」
「え、ちょ、しぃ兄!?」
背後に黒い靄らしき物が見えそうな笑顔を湛えたしぃ兄は即座にカナちゃん先輩との距離を詰め、服の襟を引っ掴み廊下へと続くドアへ手をかける。
「トキちゃんは佐久間君達とお話でもしててね。二人ともいい子だからきっと仲良くなれると思うよ」
「あの、か、加賀美ざん、首、くびがじまってるぅ~」
「だいじょーぶだいじょーぶ。もうすぐ楽にしてあげるからー」
「っ!? それ、絶対逝く方の楽でしょ!? ヤダよ! 僕まだ死にだぐなぅっ、ぐぇっ」
「それじゃあトキちゃん、ちょっと待っててね」
服の襟を掴む手に一層力を込め、素晴らしい笑顔でカナちゃん先輩を引きずっていくしぃ兄は俺に片手を振った後リビングから出ていき、ドアの向こう側へ姿を消した。
俺はポカンと二人のやり取りを眺めるだけに終わり、ドアが閉まるのと同時に両の手の平をそっと合わせ静かに合掌し、カナちゃん先輩の無事を取り敢えず祈ってみる。
「ちょ、それだけは勘弁! お願いしますご勘弁をぉぉお! いぃやぁぁあっ!!」と、すぐにカナちゃん先輩の悲鳴がドアの向こう側から聞こえてきたが俺は聞こえないふりをし、そっとドアから目線を外した。
「えーっと、部屋の前で先に要先輩に紹介されちゃったけど改めて自己紹介しておくね。僕は二条君と同室者になる江橋 春樹です。よろしく。個室だけど、僕はどっちの部屋でも大丈夫だから好きな方を使ってね? あと隣に居る子が」
「あ、その、春樹の友達で佐久間 輝一、です。入寮日早々お邪魔して、その、すみませんっ」
「え、いや、俺別にそう言うの気にしないから特に謝る必要ないよ。それに敬語も。同じ一年生同士だろ? 俺は二条 刻也。差し支えなければ名前の方で呼んで貰えると助かる。二人共よろしく」
ドアに向かって合掌していた俺に歩み寄り、ほんわかとした笑顔を向けてくれる江橋君と、背筋をピンと伸ばし緊張した面持ちで口を開く佐久間君に、俺も定型文になってきた自己紹介を口にする。
にっこりと笑顔を二人に向ければ何故か佐久間君は顔を赤くし俺から目を背け、そんな佐久間君を見て江橋君は変わらずほんわかと笑っていて、俺はどうしたんだと首を傾げた。
「輝一君はね、近くで美形な人を見ると緊張の余り勝手に顔が赤くなっちゃうんだ」
「美形? 俺が?」
「うん。刻也君カッコイイし、美形だと僕も思うよ。それと、名前呼びさせて貰ってるから、僕の事も春樹って名前で呼んでね」
「ああ、わかった。それにしてもこの学園、俺より顔のいい奴なんてうじゃうじゃいるんじゃねぇの?」
「正直に言っちゃうと、うじゃうじゃいるね」
「だよなぁ。俺、来て早々自信無くしたもん。しぃ兄の親衛隊の人達とか女の子と間違えそうなくらい可愛い人ばっかだし、誠真先輩は極上の和風美人。カナちゃん先輩なんか見た目王子様じゃん。佐久間君、大変だな」
チラチラとこちらへ視線を向け、初対面で目を合わせないのは失礼だからと頑張って俺を見ようとしてくれているんだろう佐久間君に、俺は視線でエールを送る。
それにしても、二人共言っちゃ悪いが身長が俺よりも確実に十センチかそれ以上に低く雰囲気が小動物みたいで、気を抜けば頭を撫で回したくなる。
顔が物凄く整っていて可愛いと言うわけではなく、どちらかと言えば特にこれと言った特徴もない至って平凡な顔立ちだが、とにかく見ていると不思議と構いたくなるのは、やっぱり小動物っぽいからだろうか?
春樹は少し目が大きく、マイナスイオンか出ているんじゃないかと錯覚する程纏う空気が癒し系で庇護欲をそそられ、佐久間君は一重のせいかほんの少し目付きは悪いが顔を真っ赤にしながらビクビクと若干俺に怯えている所が加虐心をそそられ、何だかちょっかいをかけたくなる。
二人共黒髪のショートだが、よく見れば佐久間君の方が髪は短めで染めた様な不自然さがあった。
気付いてしまえばその不自然さが少し気になるが初対面で聞けるわけもなく、今は胸の内にしまっておく。
仲良くなれれば自ずと聞ける機会もあるだろう。
……うん、聞けるぐらい仲良くなれたらいいな。
「美形な人は、近くで見なきゃ平気なん、です。あと顔が見慣れた美形も少しなら平気……。敬語はその、美形な人に対する癖みたいなものでして。オレがと、刻也に慣れるまでは、許してください。ごめんなさい。あ、オレの事は輝一でいい、です。オレも、刻也って呼ばせて貰ぅっ……ます、から」
「そっか、敬語は癖だったんだな。辛かったら無理しなくていいし、そんなに謝らなくていいから。な? 俺の顔はしぃ兄達みたいに神がかったものじゃないからそのうち慣れると思うよ、輝一」
「うん、ありがと、ぅございます。刻也、ぁ? ぁぁあっ!?」
「いたっ、え? ぅわぁっ!」
「危な、輝一! 春樹っ! と、おわっ!」
真っ赤な顔を少し俯かせたまま笑った輝一に俺も笑い返し、春樹がそんな俺達を見てほんわりと微笑んだ瞬間だった。
一歩前へ踏み出した輝一が隣にいた春樹の足を踏んづけてしまいバランスが崩れ、それに巻き込まれた春樹も同じようにバランスを崩し背中から倒れそうになる。
俺は持っていたボストンバックと紙袋を床に放り投げ咄嗟に二人の腕を掴み支えようとするも力及ばず、重力に従い俺の体も見事に傾き、ならせめて二人の後頭部を守ろうと抱き込むようにして腕を差し込み、そのまま俺達三人は盛大な音をたて硬いフローリングの上へ倒れ込んだ。
「い、っー。二人共、大丈夫か?」
「あ、ごっ、ごごごめんなさい。オレは大丈夫、です。それより、刻也のう、腕は? 大丈夫? ですか」
「僕も大丈夫だよ。庇ってくれてありがとう、刻也くーー」
「凄い音がしたけどどうしたのって、ぎぃやぁぁあっ!! と、とととと、刻也くん! 僕のいっちゃんだけでなく春ちゃんまで押し倒して、一体ナニしようとしてるの!?」
「…………はい?」
俺達が倒れた音を聞き付け、何事かと慌てて戻ってきたカナちゃん先輩としぃ兄。
俺達の姿を見たカナちゃん先輩が某有名画家が描いた叫びと同じポーズをとりながら悲鳴を上げ興奮しながら俺に声を荒らげるので、俺は今一度自分の体勢を振り返る。
両腕はそれぞれ春樹と輝一の後頭部とフローリングに挟まれていて、体は四つん這いに近い状態。
真下にいる二人は心配そうにこちらを見上げており、バッチリ目が合ってしまった輝一は途端顔だけでなく首までもを真っ赤に染め上げ、可哀想なくらい涙目になってしまった。
あ、なんか可愛いなぁと呑気に思ったのも刹那の間。
これは、俗に言う壁ドンならぬ床ドンの体勢ではないのだろうか?
そう気付いてから再び上を見上げると、いつの間に足音も無く近付いていたのか。しぃ兄が無表情のまま静かに目の前へ立っていて、感情の読めない瞳でこちらをじっと見下ろしていた。
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