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「なあ、彰人。頼むから話をしよう」
僕は何度も首を振る。
「何をしているんだ」
いつもより低く、さらに怒りが込もったような声が聞こえた。
「隆哉!」
勢いよく顔を上げ、やっと動いた足を動かしマンションの前に立つ隆哉の元へ駆け寄る。
「彰人!…隆哉、邪魔するな!俺は彰人と話しがしたいんだ」
それでも近寄ろうとする大谷君を隆哉が止めた。
「此奴は嫌がっているように見えるけど。大谷、お前一体何がしたいんだ?もう別れたんだろう?」
「俺は納得していない!」
納得…、大谷君が納得する必要があるのか。
「…納得してくれなくて良い。でも、もう僕達は一緒にいられない」
僕が大谷君ときちんと向かい合っていれば何か変わったのだろうか。でもどんなに後悔したって過去をやり直す事は出来ない。
「あの女とはもう別れる!子どもが出来たって言ったのも嘘だったんだ。俺に本命がいるのは知っていて向こうもそれで良いって言っていたんだ、だから」
「だから、何だ?」
隆哉は恐ろしい形相で大谷君に詰め寄ると胸倉を掴んだ。
「どんな理由があろうと、お前は此奴を裏切った、それは変わらない」
最低だな、そう吐き捨てるように言った隆哉を大谷君は睨み付け自分の胸倉を掴む手を払う。
「もう戻る事はないよ。ごめん…」
僕が頭を下げると、隆哉は僕の手を掴み歩き出した。思わず振り返ってしまった僕を大谷君は今にも泣き出しそうな顔で見ていた。僕は直ぐに前を向き、もう二度と振り返らなかった。
手を引かれるまま、僕達は黙って近所のスーパーまで歩いた。
「…あの、隆哉」
「卵焼きと味噌汁、あと焼き魚に納豆」
立ち止まった僕に隆哉はそれだけ言うと店内に入って行ってしまった。僕も慌てて隆哉を追いかける。二人で必要な物を選び、気になる商品に気を取られる僕に隆哉は溜息を吐きながらも付き合ってくれて、いつの間にか大谷君に会った事も忘れて買い物に夢中になっていた。
家に戻り急いでご飯の用意をする。もうお昼ご飯と言ってもいいような時間になってしまったけれど、二人でダイニングテーブルに座る。
「…旨い」
「良かった!」
手を合わせ卵焼きを食べた隆哉は表情も変えず、旨いとそれだけ言って黙々を食事を続けた。誰かの為に食事を作ったのはあの日が最後だった。
「食べないのか?」
僕は慌てて首を振る。
「あ、僕の分の卵焼きも置いておいてよ!」
後二切れしかない卵焼きに驚き、僕は急いでそれを口に運んだ。
「…泣く程旨いのか?」
「うん、美味しい。我ながら、上出来…」
ふと過ぎる懐かしい思い出に涙が零れる。いつかまた僕も新しい恋をしようと思う。今度は逃げずに、本当の想いを、言葉を伝えられるように。
「…隆哉のお嫁さんになろうかな」
やっぱり無視をされてしまったけれど、どうしてか隆哉は嫌そうな顔をしなかった。
帰る家がない僕は、新しい部屋が見つかるまでの暫くの間、隆哉の家に居候させて貰う事になった。有給を取り、大谷君の居ない隙に荷物をまとめ運び出し、鍵はポストへ入れた。居候させて貰う間はきちんとお金を払うと言ったのに、俺はお前より稼いでいるから要らないと隆哉はお金を受け取らず、その替わりに家事全般を任せられた。そんな事でいいのかと不安になったけれど、いつも遅くまで仕事をして疲れた顔をしている隆哉は、それでも僕の作る食事を旨いと言いながらいつも残さず食べてくれる。それがとても嬉しかった。
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