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”-1~+1” 王子の最愛の人々 ‐6
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親父の語る、俺達の知らない静さんは、やっぱり女傑って言葉がぴったりだった。
品のいい、さぞや若い頃は、可憐でモテまくっただろうって面影たっぷりな華奢な老婦人なのに。
「里中先生は、施設も古いし、個人医院を廃業して、どこかの産業医にでも転職されるおつもりだったそうなんだ。それを、『自分は末期癌になってしまったようだから、あなたはここをホスピス専用医院にして、商売をやり直せばいい』なんてご自分で持ちかけられて」
親父は、くすっと思い出し笑いをする。
「私のところへ、ホスピス診療をするキーステーションに、旧、里中医院の施設を改築し、その後の運営をして行く企画書まで持ってくるし。事実、欲しいなとは思っていたけど、それはいい企画書で。里中医師も巻き込んで、自分を在宅医療、在宅看護、第一号にすればいいと言い出して。
癌告知、3日後にだぞ?どなたかお身内にお知らせになって治療方針を相談しにきたのかと思えば、
ずっとその話をしていらしたよ」
理に適い、ニーズもあって。静さんの企画書を骨子にした、ホスピス外来が出来た。
里中医院は、それから家の病院傘下になり、事実、改装工事の真っ最中なのだそうだ。
病院の施設が整うまでは、静さんを初めとする、家の畳で死にたいと切望する一部の老人達に
試験的な在宅医療サービスをしているらしい。
静さんは、昨年の浅い春。
身体の不調を覚えて、里中医院に行き
精密検査の為の紹介状を、なでしこ病院に書かれて。
検査の結果、余命宣告1年の告知を独りで聞いて。
どうせ直らないのなら、二度と身体を切るのは嫌。
抗癌剤とやらで、髪が抜けたりするのも嫌。
なにより、病院なんかで入院させられて、死ぬのはとんでもない。
なでしこ病院の内科医に、即座に、そう言ってのけたそうだ。
そして、そこからの1年。
静さんはみずからの「望みどおり」をすべて通し、自宅で、ゆっくり痛みを取る治療を中心に受け。
自らの最後のときへの準備を始めた。
「佐倉さんは、本当にお強い方でな。モルヒネの量を増やすのも、お前達の春季試験が終わるまではしてくれるなって仰ってたくらいなんだ。流石に、痛みで眠ることもままならなくて、里中先生と相談して3月からは使わせてもらったが。朦朧とする意識だろうに、点滴を変えるときに起きておられると、睨まれた」
好きな物も食べたし、体調のいいときは友人と旅にも行き。
1月には、近所の老人仲間を招いて
末期の茶会と銘打って、生前葬を兼ねて、皆に茶を振舞ったそうだ。
地元の贔屓の和菓子屋に特注した菓子は、本葬のあとの振る舞い、神葬祭では直会(なおらい)と言うらしい宴に皆がまた食べられるようにと、発注と支払済なのだそうだ。
明日の通夜から本葬まで、その老人達が、全面的に、静さんとの別れを手伝ってくれる。
その一番若輩の元気さを買われ、植松辰三さんが葬儀委員長なんだって。
「さびしくは無かったぞ、ずっと。彼女は皆のちゃきちゃきすぎる天女様だったからな。
いつも、人に囲まれて、『そろそろお喋りは終わりです』って言うのが、私と里中先生の主な仕事でもあったくらいな。痛いもギリギリまで言わないし。周囲が促してやっと言い出すくらい」
何となく、去年の静さんが、俺達をあまり家に寄り付かせないようにしていた理由がやっとわかった。
去年の春休み、俺は、一緒に、庭の紅梅を見た。
丹羽のお父さんの妨害で1年先伸ばしになっていた、
健と同棲出来る様になった報告と、健の荷物を受け取りに来た日。
きっと、あの頃から、静さんは、今日の為の支度を始めていたんだろう。
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