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”11” 別居を決意する王子 ‐2
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「那須の別荘で、療養してもらい、その世話をすべく、野坂に、復職してもらってはどうかと思っている。
お前が、信頼できる使用人は彼を置いて他にないと言うだろうと考えてのことだ。
まだ、本人に、話もしていないし、滞在できる用意もさせていないが。
ただ、昨年夏に、突然、お前達を泊まらせると連絡したが、以前とは遜色なく使えたようだから
健くんが暮らすのには、東京よりも、却って、いいのではないかと思うんだが」
俺に口を挟ませたくない時の親父は、持って生まれた『弁が立つ』中舟生の血からなのか
ぐうの音も出ない完璧な説を、一息に言い切る。実は、俺も似てて、健に指摘されて知った。
自分が言い難い事ほど、そうする傾向にあるんだって。
俺の奥さんは、賢くて優しいから、こういう、悲しい癖はすぐに気が付いちゃうんだよね。
口のきけない健と、二人で暮らした思い出の塊なマンションで
息を詰まらせることなく、暮らせるなんて思っちゃいなかったけど。
『苦しい?』 なんて、訊いて来た、俺達のことを全部忘れちゃった健の方が
本当は、苦しくて、寂しくて、不安で、孤独。
絶対的な信頼を寄せる、静さんが、目覚めたら、いなくなってて。
もし、俺が健の立場なら、もっと悲観して、どうしていいかわからなくて、当たり散らしてる。
健は、静かに、ある程度、安心できる場所で、
これからどうしていこうか、ゆっくり考えなきゃいけないけど、それをここでさせてやりたいってのは、
もしかしなくても、俺の我儘なのかもしれない。
「離れて暮らす方が、お前達の為にもなる、と、私は、思う」
俺が考え込む沈黙の底から滲むような声で、親父は付け加える。
「家の田舎じゃ、何かあったらすぐにとか、毎週とか、顔を出せんだろう?
まあ、お前のことだ、どこへだって通うだろうが。
野坂なら、健くんに、過干渉にならずに、身の回りをきっちり困らんように助けてやれる。
わかるよな、お前が子供の頃から、野坂にだけは、懐いてて、育ててもらったんだから」
野坂は、俺の、まあ、俗に言えば、爺やみたな存在。そ、坊ちゃんと爺や、ね。
まあ、爺やって程、歳がいってる訳じゃなく、確か、50歳ちょっと上くらいで。
早期定年退職したんだ、実家の使用人を。俺が大学進学で家を出て行くまでってことで
親父が引き留めていたんだって、後から聞いた。
俺は、地元の名家、中舟生家の最大の秘密のスキャンダル的な存在だったからね。
地域の皆さんが王子様と崇める二番目の御坊ちゃんは、実は、女の子NGな、ゲイ、で。
家中の人々から、総スカンなんですって。
って、状況の中、野坂だけが、俺がチビの頃からの態度を変えることなく、仕えてくれた。
必然的に、俺は、野坂を通して、嫌々ながら、家人と繋がりを持つようになって、
俺が出ると言うことは、野坂としては、仕事がなくなるってことと同義。
もとから、俺が高校生になって、身の回りの世話なんかもなくなれば、辞めて
実家のあった近くで、農業でもして、のんびり暮らしたいって、思ってたらしく、
それを、今は、悠々自適に楽しんでいるんだ。
去年の夏も、最低限だったけど、野坂に世話になった。
今思えば、静さんの病気をカムフラージュするための足止め。
でもさ、こうなってしまったから思うんだろうけど、
あの一緒に、二人っきりで過ごした、穏やかな幸せの日々が宝石みたいにキラキラしてて。
確かに、健の心身には、あの空気の良い所は、いいのかも知れない。
・・・・・・俺の、側に、いるよりも。
俺の思考の迷路を、わかってる親父は、ずっと、無言で。
俺は、自分の胸に浮かんだ、一言に、思ったよりも傷ついてて。
「明日の晩、かけなおす。考えて、結果を報告してくれ」
黙ったままで、ええ、だの、はい、だのしか言わない俺に、
あえて、色を抜いた声で親父は、そう結んで、電話を切った。
明日のリクエストは、オニオンスープだそうで。
作ったことないなって、スマホを弄り出したら、健が、スケッチブックをピリリと裂いて
イラスト入りの、『超簡単なんだよ』ってメッセージつきのレシピを書いてくれたんだ。
『焦がさないようにじっくり炒めるのがコツ。
無心になりたい時に、よく作りました、僕。これと、マフィン』
「マフィン?お菓子は、あんまり、作ってもらったことないな。
あ!ある、あるな。貰った、調理実習で作ったんだっての」
『女の子みたいですね、それ。彼に、調理実習で作ったのあげるなんて』
くすくす、笑って。声が出てないけど、その、やわらかい笑い声は、ちゃんと覚えてる。
ぎゅっと切なくなりながら、笑い話にした。
「ラッピング、ノダカナ、あの、初めに会うはずだった日にさ圭介と一緒に来た子。あ、あれからまた来てたんだ。
あの子に貰わなきゃ、ジップロックで寄越すつもりだったんだって。酷いっしょ~?」
『お菓子なんて、見た目と味だけだもの。入れ物関係ある?』
昔の健も、同じこと言ったな。
「贈り物を包むって、俺はけっこう気にするかな。俺が贈る時はね。
じゃあ、頑張って、明日、作って来てみるね。あんま、期待しないでね?」
にこっと微笑んで、指でOKサインをくれた。
前の健は、しない仕草だな・・・また、思ってる、自分を振り切った筈なのに。
こんな風に、二人でいて、自然になって時間が伸びて行けば、大丈夫だって気持ちと
ささくれの様に、見聞きする度、胸がちくんと痛む、違和感の集積が嫌で、怖いと思う気持ち。
お勧めの、無心になるべく、俺はキッチンに立った。
玉葱を剥いて、刻む作業は、泣きたい気分の、今の、俺には、丁度だった。
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