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雨の日〈レオside〉
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バシャバシャと床に叩きつけられる水の音。それが自然現象のものじゃないのはわかっている。だけれど、目を閉じてそれを聴くと、どうしても思い出すのはずっと昔、七年前のあの雨の日。
僕は一度、人身売買の商人に捕まりかけた。
城の庭が退屈で。美しいだけのその場は味気なくて。ふと、本の中でしか知らない『外』へ出てみたくなったのだ。
綺麗な服を着た人たちしかいない王城の外は一体どんなものなのか。付き人の目を盗んで幼き日の僕は一人で外へ飛び出した。
とは言っても、王城を出てすぐ、そんな野蛮な輩がいる訳じゃない。王城の周辺は刑吏の目も厳しいから、そこそこに安全だ。けれど、その刑吏に幼い僕が見つかったら。問答無用で城に連れ戻されるのは必然だった。
だから僕は、なるべく城から遠くへ遠くへと走った。その末に辿りついたのが貧民街。商人たちの縄張り。
雨が降り出した中、疲れ果てて座り込んでいた僕を、商人たちは何の躊躇いもなく連れ去ろうとした。ボロボロの幌馬車の荷台に押し込もうとする大人の手に、必死に抵抗する。でも、子供の抵抗なんてそいつらには取るに足らない、なんて事無いものだった。
両手に枷を付けられてもう駄目だと思った。自分の行動を恨んだ時、商人が狼狽えた。
『──お前、こんな所に……っ!』
僕を押し込もうとした荷台から当時の僕より少し年上くらいの少年が飛び出してきたからだ。
そいつは僕の腕を引いて商人から逃げ出した。貧民街に住む人間だったようで、小さな抜け道という抜け道を走り抜けると、いつの間にか明るくて人通りの多い道へ戻って来ていた。
『……無事?』
息を切らしながらぶっきらぼうに問いかけるその姿を、僕は一生忘れない。
『怪我はなさそうだな。そんないい服着た奴がどうしてこんな所にいるのかは謎だけど……ああ、手錠を掛けられたのか。ちょっと待ってな』
見た目にそぐわない、大人びた口調で言う彼は、道端から拾ってきた針金であっという間に手錠を外してしまった。
『相変わらず安っぽい道具使ってるなぁアイツら……ところでアンタ。その紋章、王家のだろ? そんなものぶら下げて歩いてたらさっきみたいな奴らのいい獲物だ。さっさと帰んな』
帰り方がわからない、と言うと、そいつは心底面倒臭そうに溜め息をついた。
『王城の近くまで連れて行ってやる。絶対離れるなよ』
そう言ってさっさと歩き出してしまうそいつの後を慌てて追いかける僕に、そいつは色々な話をした。貧民街のこと、商人のこと。いい身なりをした幼子が一人で出歩くのはどういうことなのか。
一通り話し終えて、王城の目の前の通りまで戻ってきた時、僕はそいつに名前を問うた。そいつは少し考えて、ポツリと答えた。
『エリファレット』
その後、僕の背中を強く押して通りへ出すと、エリファレットと名乗ったそいつは最後の念押しとでも言うように一言を残して去っていった。
『この世は良くも悪くもああいう連中がいるから成り立ってる。ああいうのに捕まりたくなかったら、俺みたいなのを信じるのもこれっきりにしておけ』
その意味を噛み砕いているうちに、幼い僕を探して街を見回っていた兵士に見付かって、僕は城へ連れ戻された。
強く強く降りしきる雨の中で僕を救ってくれた貧民。青い宝石のような垂れ目で、薄茶色の髪。額に小さな傷痕がある。
セシルを拾ったあの日。額に乗せていたタオルを冷やし直してやろうとそれを退けた時、その額にも同じような傷があった。
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