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「わ…すごい人…。」
大きなホールの入口で、雛はぽかんと口を開けて立ち竦んでいた。
物販会場への入場列に並ぶ沢山の人、人、人。
最後尾は一体どのくらい先にあるんだろう。
自分もその列に並ぶために最後尾を目指して歩きながら、雛は右手で襟元をキュッと握った。
綺麗に着飾ったいい匂いのする女の人に囲まれながら、長い列で自分の順番を待つ。一時間ほど並んでとうとう自分の番がきて、たくさん種類があったけれど迷いに迷った末に、分厚いパンフレットを1つだけ買った。
随分しっかりとした作りのパンフレットを抱えながら、これでもし会えなくても手ぶらで帰らずに済む、と自分を慰める。
必死にチケットをもぎ取ったはいいが、想像していたよりも何倍も規模が大きいイベントで、雛の気持ちはすっかり萎んでしまっていた。だってここにいる大勢の人は全て嵐を一目見るために集まっているのだ。
よくテレビや映画で見かけるなあ、なんて思ってはいたがまさかここまで人気とは。住む世界が違うとはきっとこのことだ。
雛は会場付近で少し時間を潰して、今度はトークショーの入場列に並んだ。浮き足立つ人々の間で、どうにも居心地が悪くて俯いて歩く。広いホールでチケットに印字された席を探し、やっと見つけたそれは後ろから数えた方が早いくらいの場所だった。
椅子に座ってやっと顔を上げるとステージが随分遠くに見える。
いくら嵐が抜群のスタイルを盛っていると言ったって、さすがにこの距離では表情すら見えはしないだろう。それはつまり、嵐にとっても同じこと。ただでさえ人が多い会場で、目立たない服装で小柄な雛のことなど分かるはずない。もしかしたら気付いてくれるのではないかと心のどこかで期待していた。それも呆気なく砕け散る。勢い勇んでここまで来たが、この先はどうやって嵐と話すつもりなんだろう。あまりにも自分の考えが楽観的すぎたことをここに来て初めて知った。
数分後、ステージの中央の壁が開いて賑やかな音楽と共に彼は雛の前に現れた。スクリーンには胸元が広く開いている薄いピンク色のカットソーに、黒色のスキニーを履いた嵐が少し恥ずかしそうにはにかんでいる姿が映っている。あの画面がなければ、それさえも肉眼では確認できない。
「らんちゃん…」
ぽつりと呟いた雛の声も黄色い歓声に搔き消されて届くはずもない。
ぶっきらぼうだけど、いつも優しい幼馴染みはそこにはいない。
俳優坂井藍が時折ジョークも交えながら、企画に沿って会場内を盛り上げているのをじっと見つめていた。
彼が生きているのをこの目に焼き付けておきたいと思ったから。
もう、会えないかもしれないと、なんとなく感じたから。
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