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邪魔者の優しいお弁当
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「…水上、一緒においで」
ぼんやりと、自分の右腕を抱くように抑えながら立ちつく真白に佐伯は優しく声をかけた。真白は俯きながらも、佐伯の方を見た。まだ弟との兄弟喧嘩のショックが残っているらしく、真白の表情は硬く強張り、白い肌の顔が白さを通り越して色がなくなっている。佐伯は前島に視線をやりにっこりと微笑んだ。
「前島、俺と水上にお弁当買って執務室に届けてよ」
「あ? 俺は宅配弁当屋か?」
「かわいい部下がお腹空いちゃって、可哀想でしょ?」
「ったくよ…おい、水上、なにか食いたいもんあるか?」
「……いえ、もう、なにも」
真白はショックですっかり食欲をなくしていた。職場でこんな事になるなんて思わなかった。佐伯と前島が止めてくれなかったら、殴り合いに発展していたのだろうか…そう考えると真白は身震いした。佐伯と前島にも迷惑をかけたし、こんな多くの人が集まる所で騒ぎを起こせば少なからず噂になるだろう。先々の事を考えると気分がどんどん重くなる。胃がキリキリと痛みを訴えた。
佐伯は真白を促し、食堂を後にした。前島は弁当三人分を確保する為、食堂の弁当が売っている売り場へと足を向ける。佐伯と真白はエレベータに乗り込んだが、昼時を丁度終えようとしているエレベータは人が多く乗ってきた。真白は人の多さなのか呼吸が苦しくなってきた。空気が吸いたくて大きく吸うのに上手く空気が吸えない。たくさんの人が真白の空気を奪って吸っているのか、密閉された箱の空調が効いてないのか、それとも真白自身の気道でも塞がってしまったのだろうか。
「真白…大丈夫…ゆっくり息を吐きな、大丈夫だよ」
佐伯の囁きが耳元に響いた。
その途端、真白の塞がり始めた気道が肺が、大きく開いたようだった。真白は息をふぅっと息を吹く。呼吸が苦しくて酸素を求め過ぎて苦しくなっていたのだった。真白が息を吐き切った時に、エレベータは真白達のフロアに着いた。そのまま多くの人が降り、真白と佐伯も狭い息苦しい箱から廊下へ出た。
執務室に着くと、佐伯は真白にソファに座るようにそっと腰を抱いて促した。真白は佐伯のされるがままに、立派なソファに腰を下ろした。佐伯も真白の隣に座り、そのまま真白を自分の胸に抱き寄せた。真白は佐伯の胸の中で、佐伯の心臓の音を聞き佐伯の香りを嗅ぐ。ほんのりと佐伯の付けているコロンが鼻をくすぐる。安心する。佐伯の全ては真白を安心させる。佐伯の胸の中にこうして抱きしめられるだけで、脳の回路が誤作動を起こして止まってしまった体を正常に動かし始めた。
「少しは落ち着いた?真白」
「……はい…すみませんでした…もう大丈夫です」
「まだ顔色が悪いね。初めての兄弟喧嘩でちょっと心と体が驚いちゃったね」
「…そうみたいです。でも、殴られなくて良かったです」
「やっぱりお前が殴られること前提なんだ」
真白はなんだか可笑しくなって小さく笑った。たぶんまだ気が張り続けているのだろう。その笑顔は普段の真白の笑顔からは程遠い、緊張に縛られている笑顔だった。佐伯は真白の背中をポンポンと叩き、真白の緊張をゆっくり解いてやる。少しずつ、真白の体からは力が抜けていった。しばらくそうしていると、執務室に来客を知らせるインターフォンがなる。おそらく前島だろう。でも真白はその音に体を硬くし、さっと佐伯から身を引いた。佐伯は仕方なくそっと真白から離れ立ち上がり、扉を開けるスイッチを押す。
「おう。待たせたな。弁当持ってきたぞ」
「来るの早いよ」
「あ? 何言ってやがる」
「…じゃあ、どうも。もう出てっていいよ」
「ふざけんな、俺も仲間に入れろ。水上の上司だぞ」
「俺はお前の上司だけどね」
「うっせ。おら、水上、少しは食えよ。…食わねえと大きくなれねぇぞ」
ニヤリと笑う前島に、イヤなこと言うな…と真白は思った。たぶん真尋が自分より大きいのが目に付いたのだろう。でも前島の好意が真白は嬉しかった。そして、こんなパシリみたいな事をさせて申し訳なく思った。前島が買ってきてくれた弁当は、少ない量で何種類も具が入っている幕の内弁当のようなものだった。和食が中心でおからのハンバーグ、さわらの西京焼き、ごはんはひじきが混ぜ込んである炊き込みごはんだ。まだほかほかと暖かい。みそ汁も付いていた。
「なんか邪魔者がいるけど言っても出ていかないし仕方ないから、三人でさっそく食べようか」
「邪魔者って誰だよ?仕方ないってなんだよ、お前」
「分かってる癖にねぇ」
佐伯は元いた真白の隣に座り、前島は二人の正面にあるソファへどっかりと腰を下ろした。佐伯と前島が袋から弁当を取り出して並べようとするのを真白は、慌てて自分がやりますと申し出たが、いいから座ってろと、声を合わせた低音ボイスサラウンドで言われ、大人しく二人に任せた。三人はそれぞれ、弁当を食べ始める。真白はどうも箸が進まない思いだったが、上司の好意を無駄にはしたくないので、さわらの西京焼きを口に運ぶ。口の中にふわっと香ばしい香りが広がり、少し食欲が出てきた。
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