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筋肉ムキムキになる!
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「では、このメニューでがんばって行きましょうね! 水上さん、若いからすぐに筋肉付きますよ!」
「…だといいんですけど」
少し日焼けした健康的な明るい笑顔でジムの女性トレーナーが、真白にトレーニングのメニューを作ってくれた。真白はここ最近の自分の体力不足に失望し、自ら社のトレーニングルームへと赴いたのだ。線引き屋の仕事が忙しい中で、毎日通うのは無理かもしれなかったが、とにかく少しは体力をつけたかった。先日のG型マモンとの遭遇は重大インシデントとして、社の中で報告書が公開になったのだが、真白の端末で録画されていた一部始終もその中に記録として納められてしまっていた。
『うわあああ! 無理! 絶対無理!!!』
ずさーっ!
恐らく真白がビビって転んだ時の音だろう。情けない真白の叫びと画面が大きく回転しガタガタと揺れる。そこで公開されている録画は終わっている。
真白はその報告書が公開された朝、本気で辞表を出そうと思った。前島弟達に慰められて、なんとか辞表は出さなかったが、会う人会う人みんなに、同情され、心配され、そして、クスリと笑われ居たたまれない。年下の完璧な新入社員の情けない姿に、からかう輩もいた。恥ずかしくって情けなくて穴があったらずっと入っていたい。しかし、真白はいつまでもグズグズとする性格でもない為、自分の出来る事をもくもくとすることにしたのだ。
一通りトレーナーの作ってくれた筋トレを終了し、ランニングマシンに乗る。設定でいろんなコースが選べるが、真白は森林浴という項目を選んだ。このマシンはシーンを選ぶと目の前に疑似画面が現れ、選んだ景色が周りに広がり、まるでその場所にいる気分になれる。真白はとりあえず5キロのコースを選んだ。学生時代にマラソンはした事があったが、さすがにその時からだいぶ経っているので、短い距離を試しに走る。
「水上、トレーニング始めたのか?」
結構走れるな~と考えていた所に、聞いた事がある声が話しかけてきた。疑似画面を切り、声の主を確認すると高瀬だった。人の良い笑顔を真白に向けている。真白は走っていたので簡単に会釈し、営業スマイルで対応した。しばらくして、5キロを走り終え、マシンの上でゆっくり歩く。クールダウンをしながら次からは10キロに挑戦してみようと考える。
「まだ、余裕そうだな、水上」
また高瀬が話しかけてきた。真白は高瀬に目をやり、作った笑顔で応える。
「今日初めてここを使ったので、試しに走ってみたぐらいです。高瀬さんはいつもここでトレーニングしてるんですか?」
「そうだよ。ここならなんでも揃ってるしな。護身術の先生とかも週三ぐらいで来て教えてくれてるぞ。水上も習ってみたら?」
「へぇ、護身術ですか…そうですね、ちょっと興味ありますね…」
「線引き屋も、現地で危ない目にあったりするしな…習っといて損はないと思うぞ」
そういうと高瀬はまたニカっと人の良い笑顔で笑った。悪い人ではないのだが、真白は佐伯にお姫様抱っこの件で叱られてから、どうも高瀬が苦手になってしまった。そういうのはいけないと、頭では分かっているのだが、高瀬に触られた時のイヤな感覚が抜けないのだった。
「ありがとうございます。曜日が合えば行ってみます。線引きの仕事もあるので、毎回は無理かもしれないですけど」
「初級コースなら大丈夫だろ。分からないところがあったら、俺に聞けよ。遠慮はいらないからな」
そう言われ、真白は困ったように少し笑った。分からない事はトレーナーに聞く事にしよう…佐伯の機嫌を損ねたくはない。そうこうしているうちに、クールダウンを終え真白はストレッチをし、ジムを後にした。もう業務時間は終わって、その後ジムに来たのだが仕事がまだ残っていたので、残りをやりに部のフロアへ戻ってきた。すると佐伯と前島、前島弟が何か話をしている。
「ああ、ちょうど戻ってきたね。水上」
「佐伯本部長? 何かありましたか? 」
「…お前が辞表出しそうになってたって聞いたんだけど?」
余計な事を…と前島弟に視線をやると、前島弟はニヤつくだけだった。真白は小さく溜息を吐いて、佐伯を見ると、佐伯がいつもの微笑みで見返してくれた。
「…辞める気はありません。これからも宜しくお願いします」
「そう、それは良かった。優秀な人材だからね。辞められると本当に困るよ」
「すみませんでした…お騒がせ致しました…」
「で、ジムはどうだった?」
それも前島弟に聞いたのだろう。佐伯はいつもの微笑みを浮かべ真白のジムでの成果を聞いてきた。どうと言われても、今日始めたばっかりで、特にどうもなかったのだが、若いからなのか真白の体には少し筋肉痛が出てきていた。正直に筋肉痛が出てきたというと、三人に笑われた。笑われても仕方ないが、そんなに笑わなくてもいいじゃん!と真白は顔には出さなかったが少しムクれた。
「ごめん、ごめん。臍を曲げるなよ水上」
「臍は曲げてません。二ヶ月後は、きっとムキムキの逞しい体になってますから!」
「…なるほど」
佐伯が少し目を見開いて眉を上げ笑う。それを見た真白は眉を寄せて抗議した。
「あ、馬鹿にしてますよね?」
「馬鹿になんかしてないよ? 健気で可愛いなとは思うけどね」
「変な事言わないでください!」
佐伯の言葉に顔を赤らめた真白が抗議した。それを見ていた前島兄弟は、仲が良いね~と言いながらニヤついている。
「あのー、お二人方。仕事の話、していいでしょうかー?」
前島弟が二ヤついた顔のまま、佐伯と真白に棒読みで言ってきた。そうだ、ここは会社なのだ。仕事をしにわざわざジムの後に戻ってきたのだと、真白は居住まいを正し、前島兄弟に向き合った。
「先日の、現地調査現場の天井の崩落の検証なんだけど…」
「はい、あれですが…何度データを照合しても崩れる要素が見当たらなくて…佐伯本部長に提出した報告書にもその旨書いて後日再報告の予定でしたが…詰まっちゃってますね…」
「保安部の報告書には、崩落と同時に何か空気の圧迫を感じたとか書いてあったな…」
「その、空気を圧迫するような物が特に見当たらなかったんです。瓦礫の量からいって、それが圧迫を感じさせたのかとも思ったんですが、そういうんじゃないって保安部の方が言ってますし…」
真白と前島弟はうーんと考え込む。なぜ天井が落ちて事故が起こったのか、とにかく原因を究明するにはまた、あの現場へ向かう必要がある。
しかし佐伯の考えは、もうこれは、線引き屋の仕事からは外れていくだろうと思っている。それに危険度が増した場所への部下の派遣を佐伯は原則的にしない。
「この件は、事故調査委員会を立ち上げて別でやる手はずになってる…聴取があったら協力するようにしてくれる? 前島部長」
「了解。それじゃ、お前らは線引きに戻れ。やってもらう事は他にもまだまだ山のようにあるからな」
「了解しました」
「了解」
「ああ、それと」
執務室へ戻ろうかとしていた佐伯が思い出したように振り向き、自分の席へ戻って仕事しようとしていた真白達を呼びとめた。そして、真白は佐伯の言葉を聞いて胸がザワザワと落ち着かなくなる。
「俺、明日の昼から北海道に出張。二週間留守だから」
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