アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
099 行方
-
――――悪夢を見た。
今度は明確に、悪夢だとわかる。
土の壁、土の床、ここはあの牢の中――――
西宮の……牢獄だ。
(この音は何?)
鳴り響く轟音。
けたたましい音なのに、それはどこか遠いところで聞こえる。
(これは…………雨……?)
激しい雨音だ。
川のように流れている水のイメージが脳裏を掠める。
(豪雨…………)
雨が降っている。
まるでバケツをひっくり返したような大雨だ。
その中に、叫び声が――――けたたましい叫び声が混じり出す。
ガッと目を見開く。
目の前にいるのは黒髪の少年――――。
縛られた両腕。
傷だらけの身体。
血生臭い匂い。
そして、足元に迫りくる水。
目の前にいるのは――――『僕』だ。
体感する夢ではなく、傍観する夢なのだ。
着けていた革靴も靴下もなくなっていた。
そして手足の指は潰され、全ての爪が剥がされている。
(ああ……そうだ………)
拷問によって一枚一枚、長い時間をかけて剥がされたのだ。
その血だらけの足が――――水に濡れる。
傍観する夢は初めてだった。
こんなにも鮮明な夢なのに、痛みは全く感じない。
(何故…………?)
――――豪雨の中から、叫び声がなおも聞こえてくる。
「『はやく上がっておいで』」
目の前にいる『僕』が、足元の水にそう請うてる。
「『僕の喉を潤して……』」
目の前にいる『僕』が、川のように流れてくる水に微笑みかける。
「『もっと、ほら……たくさん流れておいで……』」
――――傍観する僕は問う。
何故、ここに水が……?
雨のせい……?
だってここは室内で、外は大雨で……。
ここは、地下牢で……じゃあ、この叫び声は――――?
「水だ!! 水が来てるぞ!! 助けてくれ!!!」
「出してくれ! ここから出してくれぇ!!!!」
「助けてくれ!! 誰かいないのか!!!」
「うわぁああ!! 死にたくない!! まだ死にたくない!!!」
暴れ狂う男達の悲鳴。怒号。恐怖の叫び声。
(地下に……水が――――)
雨は川となり、猛烈な水の流れとなって地下に入り込んで来ているのだ。
叫び続ける男たちの、断末魔の叫びを聞いて思う。
(酷い……これでは……彼らは助からない……)
「『かわいそうに……彼らは助からない……』」
鉄の檻の地下の最奥なのに、徐々に水位は上がってくる。
それは地面の土を含み、どす黒い泥水になっていた。
「坊や!!!!」
強く身体を揺さぶられ、意識が覚醒する。
バクバクと心臓の音が耳に聞こえる。
何? 今の夢……。
牢の中に雨……?
「西宮の豪雨」の話――――これは幾度となく、会話に出てきたことがあったではないか……。
そう――あれが、西宮の牢の雨の記憶なのだ……。
「しっかりしておくれ! 大変なんだよ! エダがいないんだ!」
そう悲鳴がかったケイトの声を聞いて、我に返る。
「エダが……!?」
僕はエダとの会話中、意識を失っていたのだ。
(だから、エダはケイトを呼びに行こうとして……?)
まだ太陽は照っている。部屋に入り込む光は意識を失う前と何も変わっていない。
エダがいなくなって、一体どれだけの時間が経過しているのかわからなかった。
(僕のせいで、エダが……)
暑くて、喉が渇く。でも、そんなことを言っている暇はない。
……今はそれどころじゃないのだ。
「知らないかい? あの子が、どこに行ったのか……」
フラフラとしながら起き上る。
思うようにならない身体が忌々しい。
「ごめんなさい……僕のせいで……」
ケイトの瞳が、失望に揺らいだ。
(ああ……関係ない人にまで、こんな顔をさせてしまった……)
「ごめんなさい……僕……」
涙が、込み上げてくる
「あんたの、あんたのせいじゃない……坊やのせいじゃないんだよ……」
我が子がいなくなったというのに……ケイトの優しさが身に染みた。
どうして僕はこの世界に来てしまったのだろか……。
何のために、僕はここにいるのだろうか……。
(これ以上……迷惑はかけられない……)
だから、僕は決意をした。
「反国王派の人間に、エダが捕まった可能性って……どのくらいありますか?」
――――自分がどれだけ無力か、もう充分わかっている。
それでも、きっと僕にもできることがあるはずだ。
(僕がエダを助ける……)
身体の奥底から、沸々と気持ちが湧き出てくる。
(僕がエダを助けるんだ……!)
それが今、僕がこの世界に来て引き起こしてしまっているこの事態への、大きな責任だと思ったのだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
100 / 212