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#98
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俺はなかなか言い出せなかった。
でも優の少し自傷的な言い方は、俺の口から出る言葉をいつまでも待っているようで、俺を急かせた。
そのせいで、俺の気持ちがポロリと口から溢れ落ちた。
「……俺と、一緒だったときの…記憶…。」
何だか俺は今にも泣き出しそうな声だった。
でもそれを必死に堪えて、絶対に優には見せまいと、隠し続けた。
「…………それどういうこと?…俺はいつも武博と一緒にいたんでしょ?………俺が持ってた記憶の全部、ってこと…?」
俺はそっと首を振る。
俺はそんなつもりで言ったんじゃない。
でも俺のその言葉は、俺だけの希望や願いが込められていて話してしまったことに嫌悪感が残った。
「……じゃあどういうこと?いつの記憶なの?」
怒り混じりに聞こえる優の言葉が、俺を少しづつ責め立てているような感じがした。
俺は今度こそ優に真剣な瞳で見つめられ、その瞳から逃げられなくなってしまった。
そしてその瞳は、俺の口からずるずると言葉を引き出した。
「…… いつっていう明確なものじゃないけど…、………ただ、俺と2人きりでいたときの記憶がないのが…、俺にはすんごく………もどかしい。」
「…武博と2人きりでいたときの記憶…?」
「………ぅん。………俺たち、明良と3人でいることもあったけど、俺的には優と2人きりでいたときの方が多かったって思ってる…。………そのときの俺、すんごい幸せだったから…。」
「…………………。」
いけないことを言ってしまったかもしれないと思った。
わがままを言ってしまったと思った。
こうして、また優と並びながら歩けることだけで嬉しいというのに、俺はなに贅沢を言ってしまっているんだと思った。
黙ってしまった優からはそうだとしか思えなかった。
「…………そっか…。………そんなに楽しくて幸せだったんなら、何で俺はそんなことも全部、忘れちゃったんだろうな…。」
悲しそうな優の言葉が胸に突き刺さった。
優には、俺の今の言葉が辛いものに聞こえたのかもしれない。
俺は小さく優にごめんと謝った。
優は俺の謝罪を苦笑で受け止め、それ以来何も話さなくなってしまった。
家への帰路を歩く。一歩一歩進む度に、靴の裏で道に積もっている雪が潰れる音が鳴る。
俺と優の間には、その雪が潰れる音だけが不規則な音で鳴り続けるだけだった。
そして、俺と優の分かれ道にさしかかったとき。
俺は、ずっと聞きたくて聞けなかったことを口にした。
「…………なぁ、優…。」
「……ん?」
「…………………何で…。……何で文化祭のときの写真が、懐かしいって思ったんだ…?」
自分でも、変なことを聞いているのはわかっていた。
でも、優はそれを知っていても、俺が本当に聞きたい答えをわかっていた。
「…………………何だか、俺が記憶をなくす前…。………文化祭の当日。
……本当の俺は、この記憶を絶対に忘れたくないって、壊したくない、なくしたくない、守りたいって思ってたんだと思うんだ。
……本当の俺にとって、あの文化祭のときの記憶は、すんごく大切なものだったんだよ。」
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