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険悪な雰囲気の中、カツンと靴音が聞こえた。これは、三津田や帝のものではない。第三者のものになる。
「!……馨?」
「みっちー」
それは、馨だった。
どこかか細い声に胸がざわついた三津田は、すぐさま馨のもとへ駆け寄る。しかし、近づいたところで、特に変わった様子はなく、馨にどうしたの? と返されただけだった。
「先、戻ってるから」
ポン、と馨の肩を叩き、帝がこの場を後にした。
帝王が戻った、とスタジオは一気に騒がしくなる。黄色い歓声が途絶えない。
そして、あっという間に、帝の姿は沢山の人に囲まれて消えていった。
「帝、やっぱり凄いね」
「ああ……」
馨の瞳は、もう見えなくなっているはずの帝に向けられていて、しばらく離れることはなかった。
それが、愛しい人に向ける眼差しで、三津田は馨から目を背ける。羨ましく思うとともに、何を企んでいる帝なんかに馨を奪われるなんてと思うと、激しく感情が沸き起こり、狂ってしまいそうだった。
──アンタはそんなもんじゃないだろ。早く戻ってこい──。
あの名前が、こびりついて離れない。
「あのね、みっちー。監督から聞いた。僕、大丈夫だよ。ほら、頑張るねって言ったでしょ?」
笑顔で答える馨に、三津田は手を額にあてて溜め息をついた。
「馨はあの言葉の意味をわかってないから、そんなことが言えるんだ」
「でもね、仕事だから。こういう経験も大切でしょ? みっちー、いつも言ってるよ?」
「それでも、受けていいものと駄目なものがあるだろ。後悔するぞ」
でも、と馨が言いかけた時、馨ちゃーんとスタッフが馨を呼ぶ声がした。声のする方向へ顔を向けると、手を振る人の姿が見える。
「もうそろそろ撮影再開するけど、準備はいい?」
「はーいっ」
馨は、それに応えるように大きく手を振った。
これが合図になったようで、いつでも撮影できるようスタッフ各々、持ち場に戻り、準備をする。帝もまた、撮影セットに戻っていて、髪や服装を整えてもらっていた。
「みっちー。僕、やるからね」
「馨!」
三津田は、撮影セットへ戻っていく、帝のもとへ戻っていく馨を止めようと腕を伸ばした。
しかし、──。
「……無理だと思ったら、すぐに呼ぶこと」
ゆっくり落ちていく手。ふ、と苦笑して馨を見つめる。
結局、止められなかった。馨のまっすぐな瞳を見ると、何も言えなくなったのである。
「あいあいさーっ。ふふっ、みっちー、ほんとに僕が呼ぶまで来ないでよ?」
「それは断言できないな」
「もう。大丈夫だよ、うまくやるから!」
あの輝かしい純情な笑顔が、傷を深く抉るように尋常じゃない痛みを三津田へもたらす。
そのジワジワと蝕んでいく痛みに耐えようと、三津田はそっと瞼を閉じた。そうすれば、沸き起こる激情もなんだか抑えられるような気がして。
「撮影、再開します!」
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