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5月9日(土) 夜桜
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───月が綺麗だ。
太陽の沈みきった真夜中の廊下に、僕ひとりの足音が響く。
窓から見える月明かりだけが、真っ暗な校舎内を照らしていた。
「……」
2年1組の教室を覗き込んで、僕は来た道を引き返す。
…雪町、どこ行ったんだろ。
食堂で朝昼兼用の食事を終えた後、二度寝をして目が覚めたら日が沈んでいた。
今日は実にいい睡眠日和だった。
しかし、待てど暮らせどルームメイトが帰ってこない。
心配になった僕は制服に着替え、こうして雪町を探しに来たのだが…。
「……はぁ」
靴箱で下足に履き替えて、校舎を出る。
雲が月を隠して、辺りが一層暗くなった。
僕は寮へ帰ろうと歩き出して、ふと足を止める。
「…桜?」
目の前を、一枚の花びらがひらひらと横切った。
闇の中、白く光るようにそれは地面に落ちていく。
「……」
何気なく、僕は花びらが舞ってきた方へ足を向けた。
学生寮と校舎の往復以外したことがないはずなのに、迷うことなく森の奥へと進む。
───誰かに呼ばれてるみたいだ。
泣き声のような、切ない音がどこかから聞こえる。
そして、鬱蒼と茂る森を抜けた瞬間。
「───!!」
雲が晴れて、燦然と輝く桜の大木が視界に映し出された。
「……」
思わず目を奪われ、足が止まる。
もう5月なのに、目の前の桜は満開だった。
風に枝を揺らし、花びらが舞い踊りながら散っていく。
…敷地内に、こんなところがあったのか。
周りを青い木々に囲まれ、その一帯だけが異様な雰囲気を放っていた。
「…雪町!」
桜の幹に背中を預け、誰かが腰を下ろしている。
僕は何故かそれを雪町だと決めつけ、駆け寄っていた。
「雪町!」
近寄ってみると、予想通りそれは雪町だった。
「高原…?」
俯いていた雪町が、ゆっくりと頭を持ち上げる。
その時、一瞬だけ彼の目が黄金に光った。
「!?」
月明かりが反射したわけではない、不自然な輝き。
雪町が一度瞬きをすると、いつも通りの黒い目に戻る。
同時に、目尻から涙が頬を伝った。
「おまえ、泣いてるのか?」
声をかけると、雪町はふいっと顔をそらす。
「なぁ、雪町」
追いかけるように、彼の顔を覗き込んだ。
雪町と目が合う。
潤んで揺らぐ瞳に、吸い込まれそうだ。
「……」
不意に、雪町が手を伸ばして僕の髪に触れる。
「?」
撫でるように指を滑り込ませ、ふわりと月明かりに透かした。
「…花びらと同じ色だ」
ぽつりと呟く。
「夜桜の色」
闇の中、月明かりを受けた髪と花びらが、色を失って白く光る。
雪町があまりにも真っ直ぐ僕を見るから、目が離せない。
───今、雪町の目にはどんなふうに。
どんな気持ちで、僕を。
「帰ろう、雪町」
僕の髪を撫でる冷え切った手を、そっと握った。
幻みたいな桜の下で。
君が泣いていたその理由を。
いつか、知ることができたらと思った。
今はまだ、泣きそうな顔の君の手を引くことしかできなかったけれど。
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