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#03 ホットミルクティー
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昔から、人や動物には好かれやすい方で…
それを自分でも自覚していたし、利用してきたこともある。
これだけ聞くと最低な奴だと思われるかもしれないが、これも大人としての世を渡る術だと割り切ってほしいところだ。
若い若いと言われる俺だけど、今年でもう30になる。
そんな俺から見ても、彼ー…豆柴 透くんは手に取るようにわかりやすいほど……
俺に懐いているようだ。
#03 ホットミルクティー
「先生ー、これ豆柴が借りてた本の返却お願いしたいんですけど」
「え?」
「俺あんま本借りないからどうしたらいいのかわかんなくって」
俺の疑問に対して違う解釈をした彼…宮代達也くんは苦い笑みを浮かべ片手で後頭部を軽くかいた。
彼は、豆柴くんと仲のいい…いわゆる親友というものらしい。
「いや、それは構わないんだけど…豆柴くんはどうかしたの?朝すれ違った気がするんだけど」
「あー、あいつなら早退したんですよ。4限目の途中で」
宮代くんが思い出すように天井へ視線を泳がせながら告げる。
彼によると、豆柴くんは4限目の途中で体調を崩して大事を取り早退したとのことだった。
「そうだったんだね。別に本なら言ってくれれば遅れても構わなかったんだけど」
「え、そうなんですか!?うへー俺の緊張損!!」
宮代くんはだらりと肩を落とすようにうなだれる。
思わず、小さく笑いをこぼしてしまった。
「なあに?緊張してたの?」
「う… だって、なんか図書室って近寄りがたいっていうかさ…些細な物音も許されない!みたいなイメージあるじゃないですか」
「まあ、その気持ちはわからなくはないかな」
彼の言葉に少し納得する。
なにせ、学生時代の俺はそうだった。
司書教諭なんて職についた人間の言葉とは思えないかもしれないが、俺は昔…本が、図書室が苦手だったから。
「俺も昔は図書室苦手だったよ。本も」
「え?!ほんとに?」
「うん、ほんとほんと。司書室なら漫画とかもあるし、良かったら今度は豆柴くんと一緒に宮代くんもおいでよ」
お菓子と飲み物もあるし、と付け足すとこれまたわかりやすいほど嬉しそうな表情を確認できた。
あぁ、本当に親友なんだなぁと変なところで納得してしまう。
「好き!俺、先生のことめっちゃ好きだわ!」
「あはは、ありがとう」
「透…、豆柴から話ではよく聞かされてたんだけど本当に話しやすいしいい先生だよな」
一体豆柴くんは俺のことをどんな風に話していたんだろうか。
少し気になった。
「あ、そうだ!なんなら先生、今日の帰り一緒に豆柴の家に行きます?」
「…え?」
「俺、部活終わったら見舞いに行くつもりだったんですけど…どうですか?」
突然の申し出に俺は数回瞬きだけを繰り返すと、少し考える。
「…でも、迷惑じゃないかな?時間帯も家庭によっては夕飯時だろうし」
「あー…それなんですけど…」
不意に宮代くんがぎこちなく笑みを浮かべた。
「あいつの家、両親2人とも共働きであんま家にいないんですよ。だから、その心配は…ないかな」
そこでふと考えてみる。
ということは、今豆柴くんは家に1人きりということなのだろうか。
体調を崩して弱っている未成年の学生が家で1人…。
これは、心配にならないほうがおかしな話だ。
「たしかにこれは心配になるね。俺もこの後は真澄先生と交代だから、一緒に行くよ」
「ほんとっすか!」
「うん。ついでに、なにか差し入れを買っていこう」
こうして俺は、宮代くんと共に豆柴くんの家へお見舞いをすることになった。
✳︎✳︎✳︎
「…ほあ?」
開いた扉の先には、額に冷えピタを貼り付けた真っ赤な豆柴くんの、少し間抜けな表情があった。
「おっじゃましまーす!トイレ借りるぞー!」
「あっ、おい!!」
宮代くんは、そそくさと上がりこむと家の奥へ消えてしまう。
「え、っと…」
「な、なんで羽生さん…」
「家に1人だって聞いて、少し心配になってね」
お邪魔だったかな?と俺が告げると、豆柴くんは勢いよく首を横に振る。
あぁ、本当に俺はこの子に懐かれているんだなと実感する。
子犬を手懐けている気分だ。
「あの、良かったら…中、上がってください…!お茶くらい俺でも…」
真っ赤な豆柴くんが、いっぱいいっぱいの様子で俺に告げる。
その様子がなんだか可愛らしくて、気がつくと俺の掌は彼の頬に触れていた。
「ほら、こんなに熱い。接待はいいから、今は横になって。むしろ俺が君に……」
そこまで言いかけて、俺は口をつぐんだ。
いや、言葉を…失った。
豆柴くんの顔が、これ以上染まりようがないほどに真っ赤だった。
まさに林檎やトマトがそれだ。
その様子で、固まってしまっていた。
「…豆柴くん?大丈夫かい?」
そのまま覗き込んでみると、彼の目は微かに潤んでいて熱っぽかった。
いや、熱を出しているのは確かなのだけれど。
「っあ、あの…俺、羽生さんに見られるとすごい緊張するっていうか恥ずかしくて…すごいドキドキしちゃうんですよ。だから一瞬頭の中真っ白になっちゃって…」
大丈夫です、元気です、そう言って豆柴くんはくるりと背中を向けてしまう。
そんな後ろ姿だけでもわかるほど彼は耳まで赤く染めていた。
素直というか、嘘がつけないというか。
損な性格、ともいえるし人として正しくもあるんじゃないかとも思える。
…が、今はそれどころじゃない。
「豆柴くん、すごいふらついてるけど」
「だ、大丈夫です!これでも昼間よりはマシに…」
そこまで言って、豆柴くんは横に大きく傾きそのまま壁に頭を強打…
しそうになった。
「ほら、言わんこっちゃない。リビングだよね?俺が手をかすから」
すんでのところで、俺が彼の後頭部へ手を回し胸元へ引き寄せることで回避できた。
…案外、すっぽり腕の中に収まるものなんだな。
まじまじと考えてしまう。
まぁ、男子高校生を抱きしめるなんて機会はそうないし、当たり前といえば当たり前なのかな。
「ふぁ、ふぁふーふぁん!」
胸元にじんわりと熱を感じる。
彼の吐息らしい。
抱きしめたままだったことに気づき、俺は腕をゆるめた。
「ごめんごめん、豆柴くんがあんまり抱きやすいから」
「そっ、その言い方はなんか…ッ嫌です!」
「そ?」
ちょっとからかい気味に俺が首をかしげて笑うと、彼はまた一層真っ赤になってきゅっと口を結んでしまった。
本当に、わかりやすい子だなぁ。
きっと、こういう子はいじり甲斐があるんだろうな。
…なんて、馬鹿なことを思いながら俺は彼に手を差し出す。
すると、豆柴くんは微かに聞こえるか聞こえないかの大きさでお礼を言うと手を握り返した。
✳︎✳︎✳︎
あれから、少し話して宮代くんはお使いを頼まれただとかで一足先に帰ってしまった。
俺はといえば、ひとり豆柴くんの家のガス台の前にいた。
「よし、お粥はこんなものでいいか」
一通り夕飯の材料は、ここへ来る途中に買い出して来たからあとは作るだけだ。
余計なお世話かもしれないが、作ってから帰ることになった。
「あの…」
不意に背後から豆柴くんの声がして、火を止めると振り返った。
「どうしたの?豆柴くん」
寝てないと、そう言おうとした時。
豆柴くんは、少し言いにくそうにちょこんとリビングの椅子に座り込む。
「…一緒にいたら、ダメですか…?」
あきらかにだるそうなのに、本来なら俺としてはベッドで横になっていてほしい。
けれど、それでもここに来たということは…
「心細いかい?」
「…大人ってみんな千里眼もってるんですか」
そう言う豆柴くんが、どこかふてくされてるようにも見えて小さく笑ってしまう。
「待って、せめてなにかもう一枚上に着よう。俺の上着でもいい?」
そう言って、椅子にかけていた上着を羽織らせるように彼の肩にかけた。
すると、豆柴くんは服の両端を掴むと微かに微笑んで見せる。
「へへ、羽生さんのにおいだ」
「、…そう?」
一瞬、言葉を失う。
何故か、彼から視線が外せなかった。
「うん、優しくて…ちょっと甘いんだ。それが、俺…すごい好きで」
熱のせいなのだろうか。
するすると、豆柴くんの口から言葉が溢れてくる。
そんな風に、感じてくれていたのかと…少し嬉しくなった。
「…お粥、出来たんだけど食べれるかい?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、食べようか」
俺は再び彼に背中を向けると、おたまを取り出し鍋へくぐらせる。
湯気に当てられたのだろうか。
それとも、火を使っていたから?
なんだか、顔が熱いような…そんな気がした。
✳︎✳︎✳︎
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
両手を合わせて告げる彼は、本当に満足げに笑う。
それを確認して俺は安堵のため息をこぼした。
「羽生さんって料理得意なんですか?」
「いや、そういうわけではないけど母さん…真澄さんが体弱いから昔からよく家事は手伝ってたんだ」
料理は嫌いじゃない。
美味しくできた時の母さんの笑顔もすごく好きだったから。
だから、豆柴くんが喜んでくれて…本当に嬉しい。
「それはそうと、他に何かほしいものある?俺でよければ作るよ」
「…いいんですか?」
「俺に作れるものならね」
すると、彼は考える様子もなくすぐに答えてくれた。
「羽生さんブレンドの…、…あったかいミルクティー…が、飲みたい」
思わず言葉を失う。
そんなものでいいのか、とさえ思う。
けれど、彼は迷わずそう答えた。
それが、たまらなく嬉しい。
何故だろう。
「俺ブレンドか…なんだかくすぐったいな」
「へへ…あったくて、優しい甘さで、大好きなんですよ」
そう言ってテーブルに伏せては、俺に微笑みかける。
その微笑みに、俺は感謝も込めて微笑み返した。
「じゃあ、今日はより一層心を込めて淹れようか」
温めたミルクに、ほんの少しの蜂蜜と…君への想いを込めて。
君だけの、ホットミルクティーを淹れるとしようか。
#03 ホットミルクティー fin
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