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「とうとう明日皆既日食だな」
「十時すぎくらいから部分食になるんだろ? 暗くなるのは今回結構長いらしくて六分くらいだって」
昼食を終えた俺は、そんなクラスメイトの会話を聞きながら席に着く。そして残った時間は二十四時間を切ったと密かに溜息を吐いた。
朱音の声、姿、そして彼とのセックス。二十四時間後には俺の前からそれらが消える。
「なんだ、オニイサン。溜息なんて」
含み笑いで朱音が俺の肩を叩いた。
オニイサン、ねぇ。
「お前にだけはそう言われないようにしてやる」
恒例の嫌味を口にして薄笑いする。お前の兄になるなど決してない。
「……お前痩せたな。あれだけ飯食ってるのに」
肉付きを確認するように肩に置かれた手にぐっと力が入る。以前だったらそんな行為は何ともないものだったけれど、さすがに今の俺には痛みを伴う。確かに朱音の言うように俺は痩せたからだ。毎晩抱いていてさすがにこの痩せっぷりはおかしいと思ったか。
確かにお前の前では食っているよ。食った後で全部吐いているけどな。
一ヶ月。
俺はずっと皆既日食までにすべきことを考え、調べ、実行してきた。
黒乃が幸せになる方法。
朱音が黒乃を抱かない方法。
朱音が俺を忘れない方法。
全てをクリアするために俺は動いてきた。そして二十四時間後には何もかもが解決する。
俺は朱音の手を叩いて肩から外した。
「大丈夫だよ」
そう、大丈夫だ。今のところ全てうまくいっている。
布団に入り三十分。夜中一時を過ぎた。
静寂の中、ドアの開く音が微かにした。
おそらく共有スペースの向こう、朱音の部屋のドアが開いた音だろう。今日も朱音はこの部屋にやってくる。そして、今日が朱音との最後のセックスだ。
明日からは夢魔たちの遊び道具になる俺。なのに、その夢魔たちの中に朱音はいない。奴は夢魔の中に俺を放り込むとそのまま立ち去るのだ。
「白夜(ハクヤ)」
甘い、朱音の声。本来ならば俺の意識を支配するはずの彼の呪文。
「今日で最後だ。明日、俺は最大の力を得ることができる。お前の刻んだ護符の効果も明日で切れる」
楽しみだ、と言いながら赤い舌が俺の首を舐めた。
そうか。黒乃を抱くことがそんなに楽しみか。
残念だな、朱音。お前は絶対に黒乃を抱くことはできない。そんなことはさせない。
「……ん…っ」
舐めていた首をガブリ、と噛まれた。朱音の香りに酔い始めていた俺は、その痛みさえ快感を生み出し、身を震わせて下半身を疼かせる。
「あ…は…っ」
噛み締めても漏れ出る声。
「声を聞かせろ」
聞かせるよ。俺の声を。
汗や精液の匂いも、淫らな姿も、俺の『味』も全てをお前に晒してやる。俺のことを忘れない位に匂いをお前の身体に染み込ませてやる。俺の匂いに変える位―――
「ふ…ぁっ、あぁあ…ン」
喘ぎながら彼を自分に刻む。彼の声、肌の感触、体温、汗の味、精液の匂いそして味。
彼のペニスを中に受け入れて腰を打ち付けられるこの痛みも、快感も忘れない。
朱音。愛している、と言えぬ言葉を何度も頭の中で繰り返す。
これが俺とお前の最後のセックス。
「おはよう、黒乃(クロノ)」
今日も素晴らしく可愛い黒乃は三竹(ミタケ)と一緒にいた。先日、三竹の念願が叶って黒乃の護衛に付くことが決まったのだ。
伊南(イナミ) 桜雅(オウガ)に三竹を密かに後押ししたら、意外にも桜雅はそれを了承してくれたのだった。単に蘭家との繋がりを深めたいだけなのかもしれないが、理由は何であれ黒乃を彼に護ってもらいたいと願っていた俺にとっては助かった。
「ああ、悪い。三竹君も一緒だったか」
ワザとらしく二人に言って見せると、苦笑したのは何故か朱音だ。
「最近活気がないと思えば、そういうことを言う元気はあるんだな」
活気なんてあるはずがない。というか体力や精神力を容赦なく奪っているのはお前だと思う、という台詞は口の中で留める。
「お兄さん。確かに最近顔色悪いけれど……」
心配そうな黒乃の顔に、笑って答える。
「そんなことないよ。最近寝不足なだけだ。本を遅くまで読んでいるからな」
「最近、そればっかり言うよな。一体何を読んでいるんだ?」
「推理小説。読み始めると犯人がわかるまで一気に読んじまうから」
本当に読んでいるのは蘭(アララギ) 家にあった護符に関する書物。定期的に推理小説を図書室から借りてきて持ち歩いているから、ばれている様子はない。そのことは誰にも言えないから朱音の質問をはぐらかす。
「今日は噂の皆既日食だな」
「ええ。珍しい現象なので、休憩時間みんな空を見ているでしょうね」
「三限、理科が授業のC組は、屋上で観測するらしいですよ」
三竹の言葉に『なんて羨ましい! 私たちなんで数学なの!』と可愛く嘆く黒乃。
「そろそろ行こうか…っあ、悪い。忘れ物した」
「なんだ?」
「今日提出のレポートを机の上に置いてきた。先に行っててくれ」
寮との往復時間を考えると、遅刻になりそうな時間だ。慌てて寮の方に足を向けると朱音が俺の肩を掴んだ。
「一緒に行こうか?」
「寮はすぐそこだぞ。遅刻になるかもしれないし、一人で行けるよ。先生には遅れそうだと伝えてくれ」
朱音に先生への伝言を頼み、黒乃に笑顔を向けて手を振る。
「じゃあな」
寮に着いて机の上のレポートを退かして鞄を置いた。レポートはわざとそこに置いて行ったもの。朱音と別れて一人で寮に戻るための口実。
目を閉じて、先ほどの光景を思い返す。
『じゃあな』
あれは二人への別れの言葉。黒乃も、朱音も会うのもあの時が最後だったから密かに別れを告げた。
目を開けて寮母に内線で連絡を入れる。
「体調が悪いので、午前中は学校を休みたいのですが」
そう伝えると寮母は慌てて部屋にやって来て、ベッドで寝ている俺の姿を見て納得した。
やせ細った体に青白い顔。
どう見ても病人だ。
痛むところがないかを尋ねられ、熱を測り、平熱であることを確認される。
「学校には私から連絡入れるから、休んでいなさい」
「はい。しばらくは様子を見に来なくても大丈夫です。少し横になれば回復すると思うので」
「わかったわ。じゃあお昼頃に一度見に来るわね。それでも調子が悪いようなら病院に行きましょう」
人の好い寮母は水やアイソトニック飲料を枕元に置いて、ばたばたと部屋を出て行った。
寮母からの連絡で、先生たちはここには来ない。昼休み、力を満たした朱音は必ず来るがそれまでは誰もここに来ない。
俺は布団を跳ねのけて起き上がり、机の上のカッターを持って朱音の部屋に向かった。
扉を開ければ朱音の香りで満たされた部屋。同室なのに、初めて入る朱音の個室。
「綺麗にしてるな」
部屋中が整理整頓されている。机の上には何もなく、本は背の高さで順序良く並んでいた。
アイツ、几帳面なんだな。
夢魔である彼の人間臭いところを見つけて一人笑う。
長い一息を吐いて、持ってきていたカッターで自分の指を切った。
流れ出る血液。暫しそれを眺めた後、その血で朱音のベッドのシーツ上に護符を書いていく。
この一ヶ月、身体を清浄化するために異質なものは口にしないでいたから、やせ細ったのは仕方がない。その上での朱音との毎晩の行為だ。精神力も奪われていたが、どちらもやめるわけにはいかなかった。
黒乃の幸せのために。
俺が堕ちないために。
朱音に俺を刻み込むために。
護符を書いている間にどうしても止血してしまうので繰り返し指を切る。そうしてできあがった護符は、俺の人生最後の護符だ。
黒乃に刻んだ護符が、黒乃の生涯を通して効果があるようにするためのもの。俺の力は黒乃の護符に全て使ってしまったけれど、蘭家の者は命を代償に護符を作ることができる。書物を調べてそのことを知った。
これで朱音は黒乃に手出しはできない。
命を代償にする俺を夢魔の中に堕とすこともできない。
黒乃に触れることができない護符を作った俺を憎み、その存在を朱音は忘れることはないだろう。
これで全てが解決する。
朱音のベッド、丁度護符の中央に横になる。
朱音の匂いに包まれる。毎晩嗅いでいた香り。興奮の材料だった香り。これで最後になるであろう、香り。
俺は幸せだ。
愛した男の香りに包まれて最期を迎えることができる。
あいつに愛されないことを知っている俺は、憎まれることを選んだ。さぞかし俺を憎むだろうが、憎むべき相手(オレ)はもうこの世にはいない。
相当悔しがるだろうな。ざまーみろ。
クスリ、と思わず零れる笑い。
こんなに愛しているのに全く相手にされないんだ。このくらい逆襲してもいいだろう。
最後に自分の首を掻き切る。
目が重くなり、視界は闇に閉ざされる。聞こえるものは何もない。
口を動かすのも億劫だ。もう時間が来たようだ。
愛する男の匂いだけが俺を満たす。
――― さよなら、黒乃。朱音。
意味は違うけれど、二人とも愛していたよ ―――
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