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うさぎの涙
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酷く怯える真白に何も出来ないまま、どれだけ時間が経っただろうか。
元々あまり体力のなかった真白は限界だったらしく、その場に頽れるように倒れ眠ってしまった。
今度は近づいても触れても、何の反応もしない。
「声に反応はしてくれるけど、触れるのはやはり無理なのね。……大丈夫?」
真白をベッドに寝かせていると、四条先生がカルテから顔を上げ俺を見る。
多分今、酷い顔してるんだろうな……。
「……相談があるんだけど、いい?」
「相談……ですか」
「そう。これはもし、雪那くんが望めばなんだけど。彼を引き取ってくれないかしら?」
突然の言葉に一瞬口を開けたまま固まってしまった。
引き取るって……え?
「だって、私たちの声には全然反応してくれなかったのに貴方の声には反応するし。それに初めてよ、寝ている時に触れても起きないなんて」
眠っている真白を眺めながら、先生は興味深そうに呟いた。
俺からしてみれば、こんなに物音がする中眠っている真白に驚きを隠せないけど。やっぱり相当体力が落ちているんだろうな。
早く、元気になってくれれば良いのに。
「だからね、貴方と一緒にいた方が彼にとっても良いと思うの。回復も早いだろうし。飽くまで貴方と、雪那くんが望めばの話だけど」
「俺は、構いませんが……その、色々面倒じゃないんですか? 親でも親戚でもない俺のところなんて……」
「あら、雪那くんはもう成人しているのよ? 自分の居場所は自分で決められるわ」
………………は?
嘘だろ、真白って成人してんのかよ……。
てっきり中学生か高校生くらいだと思ってたのに……。
虐待されている子供は成長が遅れることがあるとどこかで聞いたことがあったけど、本当だったんだな。
「あそこなら裕人もいるし、私も定期的に様子を見に行けるしね。……雪那くんがそれを望んでくれれば良いのだけど。私他の仕事もあるからもう行くけど、九ノ瀬くんまだいる?」
「あ……はい。もう少し」
「そう。じゃあ雪那くんが目を覚ましたら声をかけて頂戴ね」
病室を出て行く先生の足音に、真白が少しだけ眉根を寄せた。手を握ってやると表情が和らぐ。
「なぁ……本当に忘れちゃったのかよ」
届かないとわかっていたが、無意識のうちに言葉が漏れていた。
もちろん返事は帰ってこない。
忘れるくらい、ショックな出来事があったのか。それとも、俺の存在なんてそんなもんだったのか。
真白、お前は俺と暮らすことを望んでくれるか?
覚えていなくても良いから、好きになってくれなくても良いから――
「帰ろう、真白。一緒に」
もう一度、やり直すことは出来ないだろうか。
思い出してくれなくても、同じくらい……それ以上に時間をかければ、あの時の真白に戻ってくれるんじゃないか。
「帰ろう……お前がいないと、ダメなんだよ……」
聞こえているのか、それとも辛い夢を見ているのか。真白の目から涙が零れた。
それは、俺が初めて見る小さなうさぎの涙だった。
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