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柳清史は我慢の子
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腹は括った。俺は今日この家に入る前にちゃんと宣告している。「何すっかわかんねーぞ」って。あいつはそれに「上等」と答えた。ほんとに知らねーからな、お前が思ってた百倍びっくりするようなことをしてやる。きゅ、とシャワーの蛇口を締めて湯船の栓を抜いて風呂から上がると、体は完全に温もっていた。置いてあったバスタオルで体を拭き、頭を拭き。バスタオルの匂いが自分の家の洗剤とおなじということに、また意味もなく喉を掻き毟りたくなるようなむず痒さに駆られる。洗剤変えろハナクソのアホ。あいつの用意したパンツを手にとってびよーんと伸ばしてみるけど、…なんだよ、ちっせーのかと思ったけど流石フリーサイズ、そんなやばいことはねーな。安心して履けるじゃん。つーかなんであいつがフリーサイズなんて持ってるんだよ、Sサイズで十分だろアホか。そりゃ未使用だろーよ。お前にゃちょっとデカいだろ。
わざとデカイカーディガンなんか着てるけど、どう見ても細いことは分かってしまう。ハナクソは昔から肉付きがわるい。体が薄い。コンプレックスらしいけど、お前はそんな体型のコンプレックスより性格に難ありだと思うよ。
…しかしさすがにスエットは小さいな。駄目元で履いてみるけど、足首が恐ろしいほど出る。腰で履くとゴムが締まるからヘソまで上げるしかない。寝るには楽な格好が一番。に、しても。だっせぇ、なにこれ。足首が出るスエットってどういうことだよ。ダサい。腰についてるタグをみてサイズを確認するとMサイズだった。どうかしてる。俺XLでギリギリなんだけど。文句はいえねぇか、仕方ない。こういうときに体格差を思い知る。あいつほんと、なんで俺のことを抱けると思ってんの?なんの自信なんだよ、アホか。泊まるとなると、さすがに不便だ。今度着替え一式持ってきて置いといてもらおう、それがいい。そしたらもっと気楽に泊まれるし、…って、なに次の事まで考えてるんだ俺。あーもう、どうしたんだよ俺!
平然を装ってみてもダメだ。ダメだダメだ!
ゲイビを鑑賞してから?いや、もっと前かも。今日は一段と頭がどうかしてる。恥ずかしいほどハナクソのことばっかり、それで頭がいっぱいだなんて。死にたい。もう首吊って煮干しになりたい。干し柿になりたい。
頭を拭きながら髪を乾かすために洗面台に向かうと、ハナクソがしゃこしゃこと歯磨きをしていた。部屋で待ってるんじゃなかったのかよ。ちょっとビックリしたじゃねーか、許さない。ハナクソは俺に気づいて顔をこちらに向けた。口周りは歯磨き粉の泡だらけ、…子供かお前は。俺を見るなり目を丸くしたハナクソは、歯ブラシを動かす手を止めた。
「だれ!?!?!」
「とうとう目までクソに脅かされたのかよ。残念な頭だな。」
「すっげー!髪まっすぐじゃん!そんなお前初めて見たわ」
「あー?あぁ、濡れてっからな。んなことよりドライヤー貸して。」
「ん。その棚の中にある。…つーか、髪がまっすぐってだけで印象全然ちげーな。」
「惚れ直したろ。」
「うん。」
「…は?」
「あ?…えっ、いや、ちげー!その、!ちがう!わ、忘れろ…!根暗度増してるよ!ヨカッタネ!」
もういやだこいつ。口周り泡まみれにしてアホみたいな顔してるくせに、たったこんな、口を滑らせたみたいな本音だけで俺はもう、だめだ。考えないように、考えないように、あんまり意識しないようにしても、ダメだ。胸にこみ上げてくるこれはなんだ。ぎゅぅとする、くるしい、うざい、むかつく、こいつをはっしと殴り飛ばして地中に埋めなきゃ俺の身がもたない。
ハナクソは慌てた素振りでコップに水を溜め、ぐちゅぐちゅ、と口の中の歯磨き粉を洗い流した。そしてさっさとタオルで口を拭いて、棚から新しい歯ブラシを取り出し、俺の手に握らせてくる。は?って顔をすると、は?って顔をされた。なにこれ。
「歯磨きするだろ。はい。それ使ったら俺のコップに立てといていいぜ。さすがに新しいコップはねーから今度買っとくわ」
「は、お前俺が何度も泊りにくるの思ってんの?なんて厚かましいの?前歯全部折るぞコラ」
「テメェの奥歯全部抜いてやるよそしたら。…なんでか知らんけど葵もお前に懐いてるし、来いよ。」
「お、お前は、どうなんだよ。…来て欲しいのか」
「そんなこと聞くんじゃねーよ!そこは空気読んで分かれっつーの!」
ふいっ、と顔を背けてハナクソは洗面所から出て行ってしまった。と、いえど、この家の作り的に洗面所に扉はない。こちらからもリビングからもお互いの姿は把握できる。逃げ足でリビングに向かったハナクソはばりばりと髪を掻きむしっている。…なーんかさっきから、こいつ俺の前から逃げだすこと多いよな。ムカつく。恥ずかしいのはお前だけじゃねーんだよカス!お前の行動にいちいち反応してる俺の方がずっと恥ずかしいんだよ!!
つまり、あれか。ハナクソも『次』を考えてたってわけか。へぇ、俺だけじゃなかったんだ。へぇ…ふぅん。口元がニヤけそうになる、危ねぇ危ねぇ。誤魔化すようにドライヤーのスイッチを入れると、思ったよりずっと風量が強くて焦った。やっぱ使い慣れたもんじゃねーと何かと困るな。これから慣れていけばいいか。…これから。
風量に負けてばっさばっさとなびく髪、ハナクソはそんな俺の姿をリビングから見て、腹を抱えて笑ってやがる。あいつやっぱ全然可愛くない、殴りたい。ぶおーっというドライヤーの音にまじってハナクソの笑い声が聞こえる。うぜぇ。鼻の穴にピーナッツ詰め込んでやろうかコラァ。
「あははっ、ははっ!ぶふっ、はははっ!ワカメが!ワカメがなびいてる…!俺の家っていつから深海になったわけ!ははは!やっべぇ!超ウケる!」
「うっっっっせぇよお前!笑ってねーでさっさと寝ろ!」
「ってか今気づいたけどお前、そのスエット足首出てるじゃん!だっさ!モンペかよ!やべぇって、今日のお前イカすね?スゲー面白いんだけど!」
「テメェがチビだからだろハナクソちゃーん?まじで頭蓋骨割って祠に祀ってやろーかこのカス野郎!部屋行って布団でも敷いてろバァカ!!」
「やべぇって!足首出てるし髪なびいてるし全然何言われてもウケるって!つーかそのスエット、俺が着たらデカイんだよな。だからお前着れんじゃねーかと思ったけどやっぱ無理か。…脚なげぇな畜生、シュレッダーで刻んでやろうかボケが」
「なにイキナリキレてんの?!情緒不安定なの?!もううるさいドライヤーに専念させろ部屋に帰れ!」
全く腹立つカスだこいつは。さっきまで風呂場で真剣に、あんなハナクソのためにモノを考えてた俺がバカだった。まじで泣かしてやる。「もうやめてごめん」って言うまでぜってー泣かす。
髪を乾かし終えると、いつも通り髪がくねくねとし始める。グッバイストレートの俺、コンニチハくるくるパーマの俺。はー、くっそこの天パ、ほんとはすごく好きじゃない。まっすぐした直毛の奴に殺意が芽生えるほどには天パを恨んでいることは事実だ。ハナクソはあいつ直毛だからな。うぜ。…まあ、もうこの際どうでもいいとも思ってきた。最近の男は何故か好き好んでパーマなんぞ充ててやがるし、天パも生きやすい世の中になったわ。あいつにワカメワカメっていわれてうんざりしてるけどな。
洗面所を出てリビングを見渡してみるがハナクソはいない、…俺に言われた通り部屋に戻ったのか。
この半年で、もう何度も訪れたハナクソの部屋。コンコン、とノックをしても反応はない。ま、いっか。一回はノックしたもん。がちゃ、とドアをあけると、部屋は明るい。その代わりハナクソが狭いシングルベッドの端っこにうずくまっていた。…もう一回言う、ハナクソが寝ている場所はシングルベッド、だ。
そんなクソ狭い場所に枕が二つ、布団が二つ、こいつやっぱりアホだ。狭いっつーの、そこで寝ろってことか?アホか?アホだろ?なんだよそれ、誘ってんのか?
普通ならそう思うだろうけど、きっとこのハナクソは何も考えていない。だってこいつ、もう寝てるし。すーと寝息たててやがる。背を向けて。あーむかつく。イタズラして泣かせてやろうと思ったのに。これじゃあ不燃焼!
「…に、しても。無防備すぎ。」
ぎし、とベッドに腰掛ける。シルバーブラウンの髪、サラサラと細いそれから覗く耳。布団ぐらいちゃんとかぶれよ、風邪ひくぞ。着てるスエットは少しデカイ。見たところ、今俺が着てるハナクソのスエットと大差ないサイズのはずなんだけど。…チビの末路か、哀れなもんだ。なにやってんだこいつ、腹と腰出てるし。こんな寒いのによく布団蹴れるな。明日腹壊すぞ。はぁ、とため息。そして布団を腹までかけてやる。
布団をかけた手をそのまま、ハナクソの髪へ伸ばす。なにやってんだよ俺、手ェひっこめろ、ハナクソが起きるだろ。するり。そう思ってるのに意思とは反対に俺の手はハナクソの細い髪を撫でる。耳にかかった髪をはらうと、産毛のチラつく耳がますます露わになった。
ごくり、喉が鳴る。
やめとけ、俺。やめとけ、やめとけ。心はわかってる、でも体が言うことを聞いてくれない。
ぐ、と身をかがめて、ハナクソの耳にキスを落とす。部屋に響くちゅ、という音が異常に恥ずかしい。キャラじゃない。やめた。死のう。ほら、後悔するじゃん。なにやってんの俺、!
羞恥を隠すように、俺も狭いベッドに潜り込む。ふかふかとしたベッド、ハナクソの体温であったかくなってるベッド。イタズラしてやろうと思ったのに。絶対泣かせて「許して」って言うまで虐めてやろうと思ったのに。失敗した、寝ろ、なんて言うんじゃなかった。キンキンに手ェ冷やして脇腹触ってやろうとおもってたけど、せっかく寝てんのにそれで起こすのはちょっと可哀想だなって思う。俺ってすげぇ優しい男だよな。あーあ、布団の中ってすげぇあったかい、眠い、涼介の匂いがする。俺の家の洗剤と同じはずなのに、なんでかずっと甘いような、そんな匂いが。むず痒いわ、バカヤロー。恨みを込めるようにハナクソに背を向けて瞼を閉じた。…おやすみ。
「…根性みせろよ、ヘタレ。」
ハナクソが起きていたことなんか知らずに、俺はもう夢の中。
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