アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2
-
体験トレーニングは、まずカウンセリングと数値測定から始まった。
身長・体重を計り、体脂肪率や筋肉量、骨量、水分量を計り、個人に合ったトレーニングメニューを決めていく。
心拍数や血圧を測りながら軽く走り、その数値も参考にするらしい。
レンタルウェアは、吸汗性と通気性のいいTシャツと短パンだった。
受け付けのスタッフが、黄緑色と白の派手な上下を着てたからギョッとしたけど、貸してくれたのは普通に黒のセットで良かった。
オレは結構毛深い方だし、野球は基本足を出さねーから、短パンにはちょっと抵抗がある。けど、ぐるっとジム内を見る限り、ジャージよりも短パンはいてるヤツが多そうだ。
「楽な服装でいいんですよ」
スタッフはそう言ってたけど、やっぱ流行りってのは多少あるんだろうな。
女が多けりゃ違うのかも知んねーけど、時間帯のせいか、会社帰りのリーマンっぽいのが多い。
ウェアは借りれたけど、靴下はそのままで。モロにビジネスソックスなのはオレだけで、何か居心地悪かった。
言ってくれりゃ、コンビニで靴下くらい買って来たのに。くそっ、と思う。
周りの様子をなんとなく眺めながら、ベンチに座って待ってると、声のデカい男性スタッフが「おまたせしましたー!」と用紙を持ってやって来た。
昼間電話に出たヤツだな、とすぐに分かった。同じく黄緑と白の上下を着てて、思ってた通り、ハキハキと無駄に声がデカい。
「八木さんは、筋肉量がなかり多いですね。野球の経験者でブランクが数年……では、まずはブランクを埋めてく感じから始めましょうか」
週に1回通うならこのくらい、週に2回ならこのくらい……と、具体的なメニューの説明をされた後、館内を案内してくれる。
1番安いコースで、週に1回1時間で3500円ってのが人気あるらしい。
立地の割に規模は結構大きくて、1階はファミレス、2階はオフィス、3階から5階までがスポーツジムだ。
3階は受付とジム。窓際にずらっと数十台のランニングマシンが並び、その後ろに同じくずらっとエアロバイクが並んでる。
その更に後ろには、クロストレーナーって機器と、ステップマシンってのが半々。他にはベンチプレスやチェストプレスみてーな各種機器も揃ってた。
人気あんのはやっぱ、ランニングマシンとエアロバイクらしい。
クロストレーナーってのが、どうも一番効率がいいらしいけど、やっぱオレはランニングマシンに惹かれた。窓の外眺めながらってのもいいよな。
どの機器も使い放題になるには、またそれなりのプランになるって言われて、成程なと思った。
4階と5階にはスタジオが幾つかあって、シャワールームもあるらしい。
スタジオって何だと思ったけど、要はエクササイズとかヨガとか、そういう集団プログラムをやってる場所なんだな。
「個人で淡々とするトレーニングを好まれる方もいらっしゃいますが、それだとどうしてもさぼりがちになる、という方もいらっしゃいますからね。スケジュールのきちんと決まったコースをご利用いただくことで、ジム通いを習慣づけるという効果もございます」
案内役のスタッフが、電話と同じくハキハキと説明してくれた。
ハキハキはいいけど、テンション高ぇな。インストラクターって、みんなこんな感じなんだろうか?
「今の時間ですと、人気のファイティングエクササイズをやってますね。ちょっと見学してみましょうか」
見学と聞いて、面倒臭ぇと思ったけど、口に出す程オレも無神経じゃなかった。
「はあ……」
エクササイズには興味ねーんだけどな。そう思いつつ、促されるままガラス戸の中を覗き込む。防音になってるらしくて、戸を開けた瞬間、テンポのいい曲がドッと耳に飛び込んで来た。
教室よりちょっと大きいくらいのスタジオの中に、20人くらいの若い男女が、こっちに背中を向けて並んでる。正面には鏡があるから、オレらが入ってきたの分かってんだろうけど、誰も後ろを振り向かねぇ。
すげー集中して何やってんのかと思ったら、文字通りのファイティングポーズだ。
ジャブジャブ、ストレート、ハイキック。ジャブジャブ、ストレート、ハイキック。
てんでバラバラで、揃ってるとはお世辞にも言えねーけど、みんな真面目な顔で格好いい。
けど、いいな、と思った瞬間――。
『太もも、意識して』
聞き覚えのある声が聞こえて、ドキッとした。
マイクを通した、少し高めの声。
『はい、じゃあ次』
その声を合図に、全員が一斉に動きを止めて、先頭の一番奥にいるヤツを見た。
オレの真横にいるスタッフと同じ、黄緑と白のシャツに短パンをまとった、青年インストラクター。右手にマイクを持ったまま、左右にフックを繰り返す。
フックフック。フックフック。
全員が真似するのを2回見てから、もう1つ動作を足していく。フックフック、アッパー。フックフック、アッパー。
フックフック、アッパー、ニーキック。フックフック、アッパー、ニーキック……。
フロア中に響く、軽快な音楽。時々入る、インストラクターの短い指示。
スタジオ中の全員が、そのインストラクターに注目してた。切れのいい動き、まっすぐな背中、高く上がるハイキック。しなやかな体から、オレも目が離せなかった。
「七瀬……」
インストラクターの名前を、ぼそりと呟く。
それは5年も前に別れた、懐かしい恋人の名前だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 35