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出勤すると、騎馬の練習場から賑やかな声が聞こえるのに気が付いた。
どうやら、自警団と騎士団との連携の為に、まずは騎馬での行列や進軍の仕方、戦い方などを訓練するらしい。田舎だけに乗馬は問題ない者も多いが、戦闘時の乗り方は独特だ。
朝礼の後、領内での事件や事故・催しなどの周知を受けて、各班に散会。その後は当番に従って見回りに出たりもすれば、書類仕事をこなしたり、剣や乗馬の訓練をしたりもする。
乗馬の練習場が埋まってるなら、今日は剣の練習だろうか。仲間に打ち合いの申し込みをしながら練習場を覗くと、見知った顔があったからビックリした。
「お義父さん……!」
思わず声を掛けると、義父、つまり妻の父親がオレの方を振り向いてにっこり笑った。
「ああ、アルト君。おはよう」
「おはようございます。何をされているのですか?」
訊くまでもない、見れば分かる。騎馬の訓練だ。しかもそれが教える方だったから、余計に驚いた。
妻の一族、ハルバード家は学校経営者だ。領内の子供らを広く集めて、読み書きや計算を教えている。
義父も義母も教師だと聞いていたハズだが、義父が自警団にやらせている訓練は、兵学校での内容にそっくりだ。兵学校で、訓練の教授を得たのだろうか?
剣の練習も忘れて見入っていると、義父に照れ臭そうに笑われた。
「騎士様に見られると緊張するなぁ」
「いえ、そんな……」
「王立騎士団っていったら、成績も技術も家柄も必要なエリート中のエリートだからねぇ。私も実は、王都の兵学校に通ってたんだよ」
その話は初耳だった。
兵学校を卒業しても騎士になれる人間は一握りだが、王都まで出て、わざわざ田舎に戻る者も珍しい。それとも逆にハルバード家が名士だから、後を継ぐために戻ったのか?
確かに妻よりは上背もあるし、背筋がまっすぐには伸びていたが、そんな風には見えなかった。
考えに浸っていると、義父は更に言った。
「レイも兵学校に行きたかったんだと思うけど……許されなくてね……。でも、憧れの騎士様と結婚できて、幸せだって言ってたよ」
「は……?」
レイというのは、妻の名だ。
あの大人しくて従順な妻が、兵学校? いや、行きたがっていたものの、結局行ってない? なら、そうおかしな話でもないのか。
兵学校に憧れる者は多数いる。
一応入学試験もあって、読み書きは勿論、体力テストもあったハズだ。
親父が剣術の師範代で、幼い頃から剣を握ってたオレにはそう難しい試験じゃなかったが、あの色白で細身で鈍くさい妻には、確かに難関だったかも知れない。
「そこ、遅れてるよ。もう1回!」
自警団の連中に、穏やかに指導する義父の様子をじっと見る。
『憧れの騎士様と結婚できて幸せ』
義父から聞いた言葉を思い出し、まんざらでもなく頬が緩んだ。
今まで、妻の気持ちなど特に気にしたこともなかったが、「憧れ」や「幸せ」などと言われると、悪い気はしなかった。
午前中の巡回を終え、騎士団の詰め所に戻ると、先輩から「アルトォ!」とハイテンションで呼ばれた。
早く早くと手招きされて、何かと思ったら、休憩室のイスに見慣れた青年が座ってる。妻だ。先輩や上司に囲まれ、居心地悪そうに身を竦めていて、庇護欲が沸き上がる。
「アルトの奥方は、可愛いなぁ」
面白そうに言われると、こっちは逆に面白くない。見世物でもない。
「何かありましたか? なぜここに?」
上官に訊きつつ妻の方に近寄ると、妻はオレを見て、あからさまにホッと顔を緩めた。
「だ、旦那様……」
頼りなげに呟いて、オレの方に駆け寄ってくる妻。よほど緊張していたのか、半泣きだ。
「すみません。オレ、あの、父に弁当を……」
よく見りゃ両手に布包みを抱えてて、ああ、と思う。自警団が訓練してる練習所には、一般人は近寄れないだろうし、詰所の方に持って来るのは当然だ。
さっさと弁当を預かって、帰してやってくれればいいのに。暇を持て余した騎士団のみんなに、無理矢理引き留められたのか。さぞ困っただろう。
「こっちだ、付いて来い」
妻の肩を抱いて休憩室を出ようとすると、ぴゅうっと口笛を吹かれてからかわれたが、相手するのもバカらしい。無視してさっさと廊下を歩く。
「すまん、怖くなかったか?」
歩きながら短く訊くと、妻は「いえ」と首を振った。
半泣きだった癖にとは思ったが、大人しく従順で、育ちのいい妻のことだ。夫の職場の悪口を、本人の前で言うハズもない。
「騎士団の皆様には、お世話になってますし。それに……あの、旦那様のお仕事の場に来られて、嬉しいです、から……」
顔をうつむけ、聞き取りにくい声でぼそぼそと、恥ずかしそうに語る妻。
飾り気のない服のエリから白く細い首が伸びて、それがほんのり赤くなっていて、照れてるのが分かった。
騎馬の練習所に妻を連れ、無事弁当を義父に渡した後、ふと思いついて、そのまま馬小屋の方に向かった。
「今から昼休みだ。丁度いいから、送って行こう」
馬に乗せてやろうとすると、妻は最初こそぶんぶん首を振って遠慮したが、「いいから乗れ」と命じると、それ以上は逆らわなかった。
「あの、じゃあ、学校までお願いします」
「学校?」
不思議に思って訊くと、どうやら今度は学校に用事があるらしい。
まあ、実家が経営する学校だし、オレにはよく分からないが、色々関係があるんだろう。
前に乗せ、細い体を抱えるように後ろから手綱を掴むと、さっき見た白い首がすぐ目の前にあってドキッとした。
そういえば、一緒にこうして馬に乗ったのは初めてか。
結婚してから1年になるが、2人で遠出したことも、考えてみれば1度もない。
妻の口から特に望みを聞いた覚えもないから、オレと同様、別に不満もないのだろう。けれど、たまにはこうして、どこかに出掛けるのもいいなと思った。
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