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馬で2人乗りするのが初めてだったせいか、妻もその内恥ずかしくなってきたようだ。
領内を学校に向けて走らせてる間、白かった首や顔がどんどん真っ赤になって来て、終いには蚊の鳴くような声で、「だんなさま……」って呼ばれた。
「あの、もういいです。オレ、歩きます……」
ひたすら照れてるのは丸分かりで、悪い気はしなかった。
「何言ってる、すぐ着くぞ」
くくっと笑いながら取り合わないでいてやると、珍しく「でも……」と口答えをして来る。
いつも従順で大人しい妻が、自己主張するなど初めてのことだったが、たまにはいいだろう。悪くない。
妻の当初の望み通り、学校の門の前で馬を止める。
まずオレが先に降り、それから手を貸して妻を馬から降ろしてやると、校庭の方からわっと子供らの歓声が聞こえてきた。
「若先生~!」
「騎士様だ!」
「若先生と騎士様、馬に乗ってきたーっ!」
あっと言う間に取り囲まれ、きゃあきゃあと騒がれる。
女どもに囲まれるのとは、また別の騒がしさ。けれど、純粋に憧れの目を向けられるのは悪くなかった。それより、子供らが妻の手に群がってることにビックリした。
「……若先生?」
ぼそりと呟くと、妻の細い肩がびくっと揺れる。
「旦那様からそう呼ばれると……」
恥ずかしいです、と、もごもご言いつつも、呼び方自体を否定しない妻。
「先生、真っ赤だー!」
子供らが笑いながら、校庭の方に駆けて行く。「もうっ」と拳を振り上げつつ、満更でもないようで、妻が赤い顔でふにゃっと笑った。
そんな顔を見たのは初めてで、ドキッとした。
先生――教師、か。
考えて見れば、コイツだって男だ。一族が営む学校で働いていたとしても、おかしくはない。義父も義母も教師だし――。
呆然と眺めていると、ようやく少し顔色を戻した妻が、「あの」と声をかけてきた。
「お忙しい中、送ってくださって、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、いつも通り神妙にオレに礼を言う。
騎乗し、手綱を引いて馬首の向きを変えるオレの様子を、じっと見守り見送る様子も、いつも通りなのにどこか違って新鮮だった。
教師をしてたとは聞いてない。いや、結婚前に聞いていたのかも知れないが、覚えてなかった。
興味がなかったのだと、今更ながらに気が付いた。
弁当を差し入れしようとしたのは妻だけじゃなかったらしい。訓練を受けてる自警団の連中あてにも、色々差し入れが届いたようだ。
いちいち取り次ぐのも面倒だし、見られて困るような訓練はしていないということで、翌日から昼休みの騎馬練習場のみ、見学禁止が解除された。
妻は毎日、義父に弁当を持って来た。その後はできる限り毎日、学校まで送ってやった。
毎日来るのは手間だろうと思っていたが、義父が言うにはどうやら父親のためというより、オレに一目会いたくて来ているようだ。
「迷惑かけて悪いねぇ」
義父に緩く謝られ、「いえ」と首を振る。
大人しくオレに従うだけの妻だろうと、ずっと思って暮らして来たけど、そんなふうに慕われてると知ると、やはり悪い気はしない。
照れる顔を毎日見せられれば、可愛いなとも思えて来るし。自然と夜の営みも増えた。
学校まで妻を送ると、いつも必ず子供らに取り囲まれて歓声を受ける。
「騎士様と先生、どっちが強いの?」
などと、他愛もない質問をされることもある。そのたびに妻が、真っ赤な顔であわあわと取り乱すのだが、そんな様子も新鮮だった。
騒々しいなと思わなくもないが、騎士様、騎士様と笑顔を向けられるのは悪くない。
漆黒の制服を与えられる王立騎士団の騎士は、数少ないエリートだ。田舎領に配属されるのは少数だし、やはり遠い存在なのだろう。
毎日交代で領内を巡回していても、同じように好意を向けられる。
未婚の同僚に群がる女もいない訳ではないらしいが、妻帯者のオレには関係ないし。ウザい思いはしたことがなかった。
慕われれば嬉しいし、頼りにされればやる気も出る。だったらこっちも、領民を命がけで守ってやろうと思えてくる。
山賊どもの動きは不穏だし、山道で襲って来るのは人間ばかりじゃないが、この街は住みやすい。
ゴミゴミした王都より、魅力的にも思えた。
そんな風に感じていた矢先だったから、義父がこの田舎領を一度捨てようとしたと聞いた時は、ビックリした。
義母とは王都の兵学校にいる時に出会ったらしい。義母が孤児院育ちだったことも初耳だった。それを理由に結婚を反対され、駆け落ちを決めたという。
それがいつ、どうやって和解して今に至るのかは知らない。
あまり興味がないし、根掘り葉掘り訊くのも悪い気がした。まあ、それなりに色々あったんだろう。
「いやぁ、あの頃は若かったねぇ」
義父にしみじみと言われ、「……はい」と短く同意する。他に言いようがなかった。
考えて見れば、こんな風に義父とじっくり話す機会などなかったように思う。やはり、毎日職場で会うとそれなりに会話も増えるようだ。
兵学校の卒業生だったり、駆け落ち婚の経験者だったり、義父の意外な一面を知れてよかった。
義父から聞かされる、妻の話も新鮮だった。
オレとの結婚を、予想以上に喜んでいたらしいことも。
オレのことを、案外慕ってくれてたらしいことも。騎士に憧れを持ってるらしいことも。全部初耳だったが、悪い気はしない。
子供らに囲まれ、「若先生」と呼ばれて慕われてる様子も、初めは驚いたけど悪くなかった。
あの大人しい妻が、兵学校に行きたがってたというのも意外だった。
結局それはかなわなかった訳だが、能力不足のせいじゃなかったようだ。ただ、王都行きを祖父から禁止されたらしい。王都には悪い虫がいるから、と。
「私の若気の至りのせいで、レイの未来を閉ざしちゃったからねぇ。あの子には、幸せになって欲しいんだよ」
義父からしみじみと打ち明けられて、妻を想う。
結婚に何の期待もしていなかったオレだけど、不幸にしたくて娶った訳じゃない。特に不満もないし、気に入ってない訳じゃないし、よく尽してくれてると分かってる。
言われなくても、大事にしてやろうと思った。
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