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夜の7
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旦那様は真面目で仕事熱心な方だ。
幼少の頃からずっと慣れ親しんでた剣だって、日頃から鍛錬を怠らない。
毎日の素振りを始め、いつもいつもすごく努力してるのに、それを当たり前のように考えてて、自慢したり驕ったり、他人を嘲ったりしない。
その上、自分自身は当たり前のことやってるだけって言いつつも、「何故お前はやらないんだ」って誰かに強要したりもしない。
みんながやるような遊びより、剣の鍛錬の方をずっと選んで来たんだって。
いつも真剣で、いつも本気。
自分の剣は、領民を守るためにあるって信じてる。
その旦那様が、真剣な顔でオレに向けて剣を構えた。湧き上がる闘気に当てられて、オレまで一気にテンションが上がった。
嬉しくてにっこり笑うと、すかさず彼が1歩踏み込む。
ザッと振り下ろされる剣。それを左に軽く避けて、オレも横から空を切る。
力任せの打ち合いなんか、最初からするつもりなかった。
筋力が違えば、戦術も違う。戦い方が違うのは、素振りを見てるだけでも分かった。
旦那様の練習はいつも側で見てるから、踏み込み方の癖も、剣筋の癖も、全部脳裏に焼き付いてる。力強い動きは、見てて飽きない。格好いい。
オレの一閃を、旦那様は余裕で避けた。
けどそこで終わらない。すかさず突いて前に出て、払って薙いで間合いに入れる。
ギンッ! 剣を打ち止められ、押し返される。
キン、キンと響く高い音。
オレの攻撃をことごとく剣で防ぎながら、旦那様が後ろに下がった。
命はかかってない。けど、真剣勝負だ。
力強く大地を踏みしめ、ザンッと斬り込んで来る旦那様。
風圧すら感じる剣。その重い一撃をキンッと軽く弾いて流して、流れるままに弧を描く。
臆せず踏み込んで、斜め下から切り上げると、旦那様が「くっ」と息を吐いて後ろに下がった。そのまま距離をとりながら、目を離さずに間合いを測る。
右、左、踏み込んで右……って、いつも癖になってるの、旦那様は知ってるかな?
上に構えた時は左から、斜め右、右から左に、動くことが多い。
ステップにもリズムにも癖がある。オレにも多分あると思うけど、旦那様の足運びのリズムは、聞いてるだけで気持ちいい。
ギン、キンッ! 振り下ろされる剣を、受けて流す。
たまに受けずにギリギリで避けて、喉元に剣を突き立てる。
キンッと高い音を立て、あっさり打ち払われる突き。
「おおー」
周りからどよめきが起きた。
旦那様が賞賛されると嬉しい。格上なのは分かってるから、悔しさもなかった。スゴいなぁって思う度、自慢したいくらい誇らしい。
でも負けない。
スゴいし憧れだし好きだから、情けないとこ見せたくない。
「軽いな」
旦那様が、油断なく剣を構えながらぼそりと言った。
「だが、鋭い。蜂のようだ」
「う、は」
蜂みたい、って。そう感じてくれるなら嬉しい。
思わず破顔したら、またすかさず攻撃を仕掛けられた。
「はあっ!」
響きのいい声での短い気合い、びゅんっと空を切る音がして、肩口に剣が振り下ろされる。右。左。踏み込んで――その間合いを見きり、身を低くして膝元を払う。
ギリギリで避けられ、旦那様が後ろに飛びのいた。飛びのきながらの横払いに、オレも身を翻してギリギリで避ける。
くるっと回って剣を避け、再びターンしながら、しゃがんでまた足下を払うと、旦那様が「くっ」と息を詰めた。
長い脚でのジャンプで、軽やかに避けられる横払い。
着地の隙を狙って、たたたっと3歩踏み込みノドを突く。
旦那様が仰け反った瞬間、わずかにバランスを崩すのが見えた。
下から斜め左に斬り上げると、それを受け止められた直後、どうっと彼が尻餅をつく。
周りから「おおっ」と上がるどよめき。
すかさず喉元に剣を突きつけると、お父さんの声が会場に響いた。
「1本! 勝者レン!」
途端に上がる歓声。
旦那様が目の前で、ふっと頬を緩めた。
手を差し出して起き上がるのを手伝うと、大きな手のひらで優しく頭を撫でられる。
「やはり強いな」って、笑顔で言われてビックリした。
「だが、2本目はやらん」
ぼそりと耳元で囁かれ、ドキッと心臓が跳ね上がる。
思えば、旦那様に真から認められたのは、この時だったのかも知れない。
ライバルを見るような目で見られ、嬉しくて幸せでぞくぞくした。精悍な笑みをしっかりと見つめ、そのまなざしを受け止める。
「いい気迫だ。そんなにオレと出かけたいか? それとも、ネコ耳がそんなに嫌か?」
再び剣を構えながらの言葉に、こくんと素直にうなずいた。頬が緩んで仕方ない。
「ネコは却下です」
それを聞いた瞬間の旦那様の笑みを、オレはきっと一生忘れられないと思う。
「両者構えて。始め!」
お父さんの声を合図に、動き出す。
決して油断なんかしてなかった。変に高揚もしてないし、多分冷静だったと思う。旦那様の動きはちゃんと見えてた。
けど――。
ギンッ! 鋭く振り下ろされた剣に、持ってた剣が飛ばされた。
突然軽くなった右手に、えっ、と思う。地面に剣が転がってる。ノド元に銀の何かが突き付けられて、ふと目線を上げると旦那様が目の前にいた。
「1本! 勝者アルト!」
お父さんの声に、さっきよりも大きな歓声が上がった。
目も口も開けたまま固まってるオレに、「ほら」と剣が渡される。大きな手で頭を撫でられ、ようやく硬直から抜け出せた。
刃を潰した試合剣。
正式な試合じゃないし、ちゃんとした会場でもないし、審判だってお父さんだけど。これは真剣勝負だ。
負けられない。
「両者構えて」
その声を合図に、しんと静まり返る会場。
五感が研ぎ澄まされて、周りの全部がスローモーションみたいに見える。
きっと旦那様も同じなんだろう。剣を構える姿勢にブレはない。
「始め!」
3本勝負のラストを賭けて、オレは1歩踏み出した。
(終)
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