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旅の3
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翌朝は起き上がれなかった。
旦那様はいつも通り早朝の素振りをしたらしいのに、オレはぐったり寝込んじゃって、素振りを終えた旦那様に揺り起こされるまで、気が付かなかった。
勿論、朝ご飯だって用意できるような状態じゃない。
こんな失態、初めてだ。
「行って来る」
黒の騎士団の制服に着替えた旦那様に肩を叩かれ、声をかけられて、ようやくそこで目が覚めた。
「う、わ、オレ……っ!」
慌てて起き上がろうとしたけど無理で、「うぐっ」とうめいてベッドに沈む。
お見送りどころか、「行ってらっしゃいませ」も言えなくて、ショックだった。
重ね重ね言うけど、こんな失態は初めてだ。
結婚して1年、毎朝欠かさず朝ご飯を用意して、仕事に向かう旦那様を心を込めてお見送りしたのに。旦那様に起こされるまで起きれないなんて、ホント、どうしようってくらいの失敗だった。
オレ、家事くらいしか取り柄ないのに。
旦那様の素振りの様子を見つめたり、ご飯作ったり、お見送りしたりするの、毎朝の楽しみでもあったのに。
「気に病むな、寝てろ」
旦那様は優しく言い残してくれたけど、気に病むなって言われたってムリだし、寝てろって言われても寝てられない。痛む腰を庇いつつ起きて、どうにかこうにかベッドから降りる。
腰も痛いけど背中も痛い。
なんかノドも痛い。声がおかしい。
体の奥の奥のあり得ないとこにも鈍い違和感があって、まっすぐ歩くことも難しかった。
原因なんて考えるまでもない。旦那様のせいだ。旦那様と、猫の尻尾のせいだ。
猫の尻尾についた木球、アレをお尻に埋めたまま、更に旦那様が巨大な肉の杭をオレに打ち込んだから。
ものすごい衝撃で、泣いて「許して」って懇願しても許して貰えなかった。
ひどい。旦那様はオニだ。
もう猫はコリゴリだ。
歩くのも辛ければ、立ってるのも辛い。座るともっと辛い。学校に行くのは諦めるしかなかった。
夕方、ようやくマシになって、なんとかご飯を作ることはできたけど、相変わらずまっすぐは立てない。こんなんじゃ剣を抜くこともできない。
「泣くな、悪かった」
お仕事から帰ってきた旦那様に謝られたけど、苦笑されながらじゃ真剣みが足りない。
「許してって言ったのにっ」
べそをかきながら訴えたら、「すまない」ってぎゅっと抱き締められた。ヒザの上に乗せられて、頭を撫でて慰めて貰ったけど、そんなんじゃほだされない。
でも、一応やり過ぎたって自覚はあったみたいだ。お土産に、町で美味しいって評判のジュースと甘い焼き菓子を買って来てくれた。
そこまでされると、いつまでもぷんぷん怒ってはいられない。
「……ありがとうございます」
素直にお礼を言って、この話はおしまいにした。
でも、譲れないものはある。例えば猫だ。
「もう猫は二度とイヤです」
唇をぐっと引き結んで、ハッキリキッパリ主張する。
同い年のイトコには、よく「レイは流されやすいのよ」とか言われるけど、オレだって言う時は言えるんだ。
「後、しばらくお預けです」
「えっ!?」って目を剥いて言われたけど、お預けったらお預けだ。そもそも物理的に無理だ。
旦那様はぐっと言葉に詰まり、キリッと濃い眉を寄せて考えてたけど、深々とため息をついて、もっかい「悪かった」って謝ってくれた。
そんで――提案してくれたんだ。
「詫びとして長めの休暇を取るから、王都に行こう」
って。
結婚してから1年、旦那様が休暇を取った事なんかなかった。そりゃ勿論、1日中非番の日っていうのはあったけど、旦那様に言わせれば、それは「自宅待機」と同様なんだって。
現に先日の山賊騒ぎの時だって、旦那様は非番だった。非番でも、ああいった緊急事態の時には、召集されるのが基本なんだ。
騎士団の仕事に誇りと責任をもって、日々真摯に勤め上げてる旦那様。その旦那様が、何日も休暇を取るなんて信じらんなくてビックリした。
「えっ、そんな、オレのために……」
さすがに動揺して、辞退しようと思ったんだけど、どうやら上司の方々から指摘を受けたのもあったらしい。仕事熱心なのはいいけど、たまには休暇を取って里帰りぐらいしろって。
旦那様とお出かけしたい。それはオレの望みでもあったんだけど、実の所、ほんのちょっとでよかった。ちょっと2人で遠乗りするとか、ハイキングに行くとか。
それがまさか、王都まで行くことになるとは思わなかった。
「さすがに少し距離があるから、行きと帰りで3日ずつ、向こうで4泊するとして、10日間の休暇でいいか?」
旦那様の提案に、こくこくとうなずく。
王都に行くのは初めてだ。
小さい頃は、王都の片隅でひっそり暮らしてたらしいけど、その頃の記憶はほとんどない。
ハルバード本家に戻ってからは、ずっとここで暮らして来たし、ここしか知らない。王都の兵学校に行きたいって、憧れや夢はあったけど、無理だったし。実質、この領内から出た事はなかった。
大好きな旦那様と一緒に、憧れの王都へ。
それはとても魅力的な提案で――行きたくないなんて、思うハズもなかった。
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