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七
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「ジュネ・・・映画が好きとか?」
実乃里の店で粘る小菅にうんざりして、置いて出てきた。「若頭」という看板だけをしょった男を狙うバカはいない。小菅は帰ると告げた俺を止めなかったし付いてもこない。
桜沢は絶対俺を一人にしないだろう、ボンクラであったとしても守るべき存在として扱う。
そしてずっと気になっていた店に立ち寄ったのだ。
カウンターの向こうに立つ男は綺麗な顔をしていた。母親に似た自分の姿と重なる。俺は女顔ってやつで、細い首の上に小さな頭がのっている。白い肌と色素の薄い瞳と髪。
どこをどうとっても男らしさとは無縁だから、男らしく見えるように気を使うことは随分昔に放棄した。
束ねるには短く、男がするには長い髪に女顔ときたら、誰がみてもヤクザだとは思わないだろう。
まあ、ヤクザといっても名前だけだろうと言われたらそれまでなのだが。
「いきなりですね。ジュネは店の名前です。」
必要以上の情報を渡さない、そういうことか。
「俺はジュネよりオゾンが好きかな。『スイミングプール』よかったしね。」
男の全身から漂う空気が変わった。柔らかそうに微笑んでいた目の奥が黒く光り出す。
突然の変化に戸惑い、次に言う言葉を失ってそのまま黙り込む。
「ジュネの作品は何をご覧になったのです?」
「ああ・・・えっと。「エイリアン4」と「アメリ」だったかな。」
俺の答えは何を意味したのかわからないが、纏う雰囲気がいくぶん柔らかくなった。しかし視線の冷たさは相変わらずで、よくこれで客商売をしているなという不自然さだ。
「それなら、オゾンのほうがいいでしょうね。何か飲まれますか?」
それほど酒が好きな性分ではない。面倒を承知で言ってみた。
「コーヒー・・・もしあるのなら。」
「ありますよ。」
そしてあっという間にコーヒーが目の前に置かれた。いい香りが身体の緊張をといていく。
「自分用に淹れたコーヒーです。店のメニューにはないですが、希望があればいつでもお出ししますよ。」
綺麗な男は先ほど見せた迫力をひっこめることにしたようだ。いずれにしても桜沢を相手にできる男だとしたら、普通じゃ無理だろう。俺だってオヤジの息子じゃなければ相手にしてもらえない。
気になって来たものの、結局はやはり自分だけ違う種類の人間だと確認したにすぎず、憂鬱なことこの上ない。コーヒーを飲み終えたら帰る事にしよう。
隣の席に男が座った。わざとらしい隙間をつくって体を寄せてくる。意図は明確だが、悪い、そんな気分じゃない。
「幸田君?わたしはまだこの人と話が終わっていない。だからまだダメ。」
「ええ~。」
「ええ、じゃない。わかった?」
幸田と呼ばれた男は素直にしたがって、テーブル席に戻り会話をはじめた。
客のしつけが厳しいのだろうか。まったく逆らうそぶりを見せなかった。
「さてと、どういう用でここに?いや違いますね、何故わたしに逢いに来たのですか?」
デジャブ・・・。いやそうじゃない。斉宮だ・・・斉宮に似ている。顔じゃない・・・話し方か?
「桜沢がよく来ると聞いて。」
「裕に用事なら、ここに来ないで直接行けばいい。」
「いや・・だから桜沢が逢いに行く相手に興味があったんだよ。」
「どうしてですか?」
どうして・・・さあ。確かに何故気になるのかは自分でもわからない。問いただされるととたんに自分の行動が子供っぽいものだと気が付いた。
「確かにおかしい。単純な興味としか言いようがないけど、俺の名前・・・権田って言えばわかるかな。」
僅かに瞳が大きくなった。
「あなたのような人が一人でフラフラするのは感心しませんね。付いている人間はどうしたのですか。」
「う~ん。女の所で粉を蒔きまくってる。成果なさそうだけどね。」
「あきれた・・・。」
おもむろに電話をとりだし、ダイヤルする。
なんの迷いもない、その行動が何故か桜沢を思い出させた。
「裕?すぐ来て。若頭さんが一人でここにいるよ。どうなってるの、いったい。」
たったこれだけで電話は切られた。
甘ったるさは微塵もない、そっけない用件だけの電話。
なんだ・・・この綺麗な男は桜沢の相手ではないようだ。つまらないような、残念なような。
「あなたが組の中でどういう位置づけなのかは知っています。万が一、あなたに何かあったとなれば、裕は間違いなく責任をとろうとしますよね。そんなこともわからないなら部屋に引きこもっているほうがまだマシだ。わたしは組の人間じゃないので遠慮なく言わせてもらいますが、自分の立場をもう少し理解したほうがいい。あなたのせいで人生を棒にふる人間がいることを考えてください。
自分の為に動く人間に対して、もう少し興味を持つべきだ。」
ひたと見据えて有無を言わさず言葉を継ぐ。
いちいち正論で返す言葉もない。
俺になにかあったら桜沢に迷惑がかかる・・・そうだろう、腹でも切りかねない、あの男なら。
「やっぱり本家に籠って庭の手入れだけする方がいいのかもしれないな。」
「あなたは生まれる場所を間違ったのです。正しい場所を自分でみつけて、そこで生きていくべきです。権田、いえヤクザの中心に腰を据えることは無意味ですよね、あなたにとって。」
間違い・・・間違った場所に生まれた・・・。
正しい場所、それは存在するのか?
「正しい場所・・・。」
「そうです、その場所を自分でみつけるか、そこにいざなってくれる誰かを見つけるのです。」
「誰か・・・。」
慌ただしく背後でドアが開くと店の雰囲気が一気に固まった。
「若!小菅はどこですか!」
「悪いな、桜沢。実乃里に夢中な小菅より、ここのほうが楽しそうだったから。」
「あの野郎・・・。」
ほら、やっぱり俺を責めることはしない。向かいの綺麗な男をもう一度見る。
「わかったよ、ちゃんと。俺になにかあったら腹でも切ってしまいそうだ。」
「ええ、確実に裕は実行します。今後はお控えください。」
「そうするよ、なんかありがとう。桜沢以外に説教してくれる人いないからさ。
なんだか嬉しかった。」
「ええ、貴方は間違ったのです。」
そのまま桜沢に手を引かれるように腕をつかまれエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの中では、どこにも逃げられないというのに腕は離されない。
外にでてもずっと同じで、行徳が車を回すまでの間、ずっと掴まれたままだった。
大の大人が、あげくヤクザに捕まっている姿が面白いのだろうか。強い視線を感じて目を向ける。
5mくらい先に男が立っていた。黒い・・・そう、なにかも黒い。
黒光りする撫でつけた髪、漆黒の瞳。ポケットに左手をつっこみ、右手には黒いアタッシュケース。
黒いスーツに黒いシャツ。
シルバーのネクタイだけが黒いシルエットの中で光輝いている。
夜空に浮かぶ銀の月。
頭に浮かんだ映像があまりにぴったりだったので、思わず呟いてしまう。
「月・・・。」
漆黒の闇の中、見たいものだけを照らす月。
闇に隠れたものすべてを晒すことなく、夜を司る光。
『トウゥ・・・。』
なんと・・・言った?
すべるように車が止まり、腕を引かれて自分が固まっていたことを知る。
「若、車に。」
桜沢に捕まれた腕を見おろしたあと、再びさっきの男に視線を戻す。
男はすでに背を向け歩き出していた。
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