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十七
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「まずい・・・。」
バスタブに浮かぶように浸かったヨシキはゆらゆら漂いながら、そう呟いた。
「なにがまずい?」
「自分の居場所知らせないと・・・桜沢が困る。」
「誰だ・・・それは。」
こんな近くに私がいると言うのに、何故他の人間の事を考えているのだ。意味が解らないし、それを口に出すことが理解できない。
「桜沢?俺の世話役だったけど、今は実質権田のNo.2だよ。ヤクザになるために生まれてきたような男だ。オヤジの覚えもめでたいし、金をたんまり稼ぎ人望も厚い。
俺のことなんか放っておけばいいのに、若、若って・・・いつも心配して心を砕いてくれるんだ。
俺がまだ生きているのは、桜沢のおかげかもしれない。」
くそ面白くもない。
「その男が好きなのか?」
「うん、好きだよ。」
迷いもなく告げられる。この胸に燻る不快感は何だ?怒りと違いパワーに変えることができない。
「俺に何かあったら平気で腹を切るような男だよ。それをこの間綺麗な男に咎められた。」
「綺麗な男?」
「名前も知らない。でも桜沢の知り合い、新宿で店をやっている。この間顔を見に行って言われたんだ。『あなたは生まれる場所を間違った。正しい場所を見つけるか、そこにいざなう相手を見つけろ』ってね。ぴったりの言葉だったよ、生まれる場所を間違ったんだ俺。だから生きているのが苦痛だし、やる気もしない。」
「そのくせ龍成会と接触した。」
「へえ、調べたんだ。
うちの組はヤクは御法度だっていうのに、やらないかってうるさい。俺に言ったところで組が動くわけのもないのにな。ボンクラの俺を担ぎ上げて持ち上げて、躍らせて・・・切り捨てるってことだろ?
ヤクザの世界の中で俺はバカで通っているけど、脳みそがないわけじゃない。」
「ヨシキ・・・。どこがちょっかいを掛けてきたのだ。」
「龍成会だよ。」
「クスリはなんだ?」
「チャイナホワイト。」
香霧がターゲットにしたのは権田か・・・。
昔堅気のヤクご法度のヤクザ。そこのボンクラ息子を動かして組を転がす腹か。
稚拙だな、組むべきはむしろ権田であり、龍成会ではない。あの組織のトップは人間的に魅力に欠け、さらに求心力もない。
「俺の腰巾着が、この話に乗れと煩いが俺はその気はないよ。桜沢のやってることの方がずっと面白い。榊はオヤジに難癖ばかりつけている小さい男だ。
アハハハハ。」
突然ヨシキが笑い出した。
漂う身体を引っ張り自分の膝に乗せる。
「何がおかしい。」
自虐的な笑みが何故か心を引き攣れさせる。
「アンタが何者かも知らないのに、俺はベラベラとこんな話をしている。普通はしないだろ?
やっぱりバカなんだよ。わかっちゃいるけど気が滅入る。」
「いや・・・私にとっては役に立つ話だったし日本まで出張ってきたかいがあった。」
「優しいな・・・。」
「何者かは簡単だ。香港のマフィア、組織のNo.2と言われている男だ。歳は30。」
「随分俺様な年下だな・・・子供っぽい俺と正反対だ。」
しっかり私にしがみつき吐息を漏らす。
「何をしたらいいんだ、皓月。何を聞きだせばいい?」
問われた言葉に驚く。
バカではないのだ。ただ本当に生まれた場所に違和感しか思えず、その道を嫌がるから遠ざかる。
権田のトップもこの息子の状態を見て何も感じないと言うのか。
調査の結果、権田のトップはそんなことをわからない人間ではないはずだが・・・。
ヨシキがいる限り桜沢は組に留まる?
いや、ヨシキの存在なくとも、桜沢は組に忠義を誓うはずだ。たぶんそういう男だ。
他に何かあるのか・・・。
そんな疑問は私に必要のないものだと思い当たる。
ウサギは緑の中で生きるべきだ。息苦しい、そして間違ったと感じながら息をひそめているなど時間の無駄でしかない。
権田から引きはがすのだから、父親の思惑など・・・どうでもいい。
「何も聞きだす必要はない。その話に乗ったふりをしてくれればスムーズに事が運ぶ。」
「どういうこと?」
肩口に唇をよせているせいで、くぐもった問いは欲望をかすめていく。
底なしだな・・・SEXを覚えたての若造でもあるまいし。
「私は時期大龍の最有力候補だ。しかしそれをよしとしない男が、大龍に手土産つきでアピールしようとしているのだよ、自分こそがふさわしいと。
龍成会とは取引をする間柄だから、そこを足掛かりに権田を取りこむ腹だろう。ヤクに手を出さないと明言している権田を新規客とできれば手腕を認められると考えているに違いない。
龍成会はたぶん権田を潰す気だ。ヨシキを使って内部分裂を起こさせ弱体化させて飲み込む。
だからヨシキが話に乗ったふりをすれば、両者とも第一段階をクリアし動き始める。
私はそれを利用して香霧を嵌めてやるのさ。
この程度の妨害をクリアできなければ大龍など無理だからな。
そうなれば私は目的を遂げることになる。もし妨害をクリアできれば、同じ土俵に上る相手として認めて叩くまでだ。」
「龍成会の狙いは権田というより、シノギを掻っ攫うつもりだろうな。」
「いずれにしても事を放っておけば、貧乏くじを引くのは権田になる。」
両肩に手を置き、上半身をおこしたヨシキと私の間で湯が揺らめいた。
薄暗いバスルームには大きな窓があり、夜の海と光が瞬いていた。バスタブに施された照明で湯は白く底から光り、外の海以上に波立つ様が見て取れる。
同じくらいに白い肌に映る光・・・光り輝く星のようだと思った。
初めて人間を美しい、そう感じたことに驚く。
「わかった。オヤジや桜沢を騙すことになるけれど、仕方がない。最後の恩返しと思えばいい。」
「最後?」
唇がわずかに重なり、離れていく。
この柔らかさは自分のしらなかった物だ。さんざん女を抱いてきたというのに、キスをしたことがなかったことにさっき思い当たった。
他人の口に舌を突っ込むなど考えただけでも吐き気がする。それなのに今離れていく唇を見るとしゃぶりつきたくなるのだから、おかしなものだ。
もうこの男以外いらない。他は誰もいらない。
「最後だよ。だって連れて行ってくれるんだろ?俺がいるべき正しい場所に。あれは・・・嘘?」
「嘘なものか。」
嬉しそうに浮かべられる微笑み。それは自分の胸の中に沁みこんでいくようで怖くなる。
「皓月・・・キスして。」
抵抗できるはずもなく、抱き寄せて唇を重ねる。
湧き上がる欲望に身を委ね、思う存分貪った。
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