アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
四十一
-
「あなたは念のため、このままシートに転がっていてください。」
斉宮は自分だけ起き上がり、携帯を取り出しどこかに電話をかけ始めた。
「状況はまったくつかめていませんが、桜沢が撃たれました。
私は芳樹を空港に運ばなくてはならず、今移動中です。本家の前で芳樹をかばって撃たれてしまった。たぶん五十川病院に運ぶと思うので、そちらに向かってくれませんか?」
短い電話はすぐに終わり、また違うダイヤルをし始める。
「警察の通報記録に潜ってください。ええ、そう。権田の屋敷前の路上で発砲があったから。
通報されていると対応しなくてはならない。
ええ、桜沢が撃たれました。・・・・まったく。美薗!落ち着きなさい!
慌てたままだと待っているのは失敗だけです。大丈夫、頑丈な男だから。病院には碧仁がむかったので状況がわかり次第連絡がある。それまで自分の仕事をしなさい。
それと店は美薗が開けること。碧仁は桜沢に付き添うでしょうから。
いいですか?何か起こった時ほど「いつもどおり」に過ごさなくてはいけません。周囲が慌てたせいで台無しになることは絶対にナシ。わかりました?じゃあ、通報記録よろしく。」
斉宮はようやく電話をしまいこみ、今度は運転席のヘッドレスト部分を軽く叩いた。
「行徳、これで芳樹を無事に運べませんでしたとなれば、桜沢は撃たれ損だ。なるべく早く、しかし確実に空港まで運転してくれ。こんな時に警察にスピード違反で足止めされるなど最悪ですから。それと携帯を、三原に連絡する。」
行徳は無言で胸ポケットから携帯をとりだし、後ろ手に腕をまわしてきた。
斉宮はそれを受け取り、さっそくダイヤルし始める。
「悪いが、行徳は運転中でな。こちらは芳樹とともに空港にむかっている、桜沢が屋敷前で撃たれた。
五十川さんのところだが状況はわからない。何かわかったら連絡するから、きちんと役目をこなしてくれ。たのんだぞ。」
電話を切った斉宮は運転席に身をのりだし、行徳の電話をコンソールボックスの中に突っ込んだ。
ようやく震えはおさまったものの、嫌な気持ちはヘドロのように腹に溜まっていく。
自分が死ぬ分には問題ない、しかし自分の為に誰かが死ぬなど許されない事だ。
よりによって桜沢がそんな目にあう必要はまったくない。
「芳樹、皓月のいる世界はこれが日常だ。日本では銃を見ることなく人生を終える人間がほとんどだが、海外は違う。そして大龍となった皓月の周囲はさらに血なまぐさい場所になるだろう。
その隣に芳樹は飛び込もうとしている。腹を括るしかない、皓月の命令によって芳樹の盾となる人間がいる、そして彼らが命を落とすことになっても、皓月は当然だとしか思わないぞ。
あれはそういう男だし、それが常識の中で育ってきた。」
「そんな、それじゃあまりにも。」
「ああ、あまりにも冷たい・・・。だがな、事実だ。変わりようのない現実だよ。」
信じられる人間がいないのに、自分の命令により命を落とす人間がいて当然だと?
それはいったいどんな環境だというんだ?
♪♪♪
「どうだった?ああ、ああ、そうか。隣近所といっても離れているのが幸いしたな。碧仁に電話して店は自分が開けるから安心しろと言ってやりなさい。もう一人で店は大丈夫だろう?なにかあれば私がどうにでもするから。
・・・わかっているよ。わかり次第すぐ知らせる、一番に電話するから。では。」
斉宮は誰と話をしているのだろう。
この男に恋人がいるのか?でも違うな、桜沢を知っているとすれば違う。自分の恋人にヤクザが友達だと紹介はしないだろう、斉宮も充分後ろ暗いとはいえ普通にしていれば一般人にしか見えない。
店と言った、碧仁・・・もしかして、あの綺麗な男のことだろうか。
♪♪♪
「あれだけデカければ、蓄えている血だって人より多いはずですから、大丈夫ですよ。
何かわかり次第連絡をください。オヤジさんは近くに?そうしてください。」
「こちらは手筈通りに空港に向かっています。どうやら発砲は通報されていませんね。通報記録をのぞき見しましたがそれらしきものはなし。現在都内において一切そのような通報はありません。
ええ、ええ、まあ・・・そうですが。
では桜沢の状況がわかり次第、本家にもどってください。
桜沢がいない以上仕切る人間が必要です。若い者も浮き足立っているでしょうし、どこぞの組にちょっかい掛けられたと暴走されても迷惑。
ええ、ええ、いえ、桜沢の世話は碧仁がちゃんとしてくれます、田倉じゃなくてもいいですよ。
はい、ええ、では宜しくお願いします。」
電話を切った斉宮はため息を一つついた。
そのままぐったりと背もたれに沈み込み、両手をポケットにつっこむ。
「何くれなくおせっかいを焼いて口を開けていれば、嫌な事を考えなくてすみます。
目的地まではまだ少しありますね。そうかといって楽しくおしゃべりする気にもなれません・・・芳樹、しりとりでもしますか?」
不安に彩られた表情とあまりに子供っぽい提案に、堪えていた物があふれ出した。
ポケットから左手がでてきて俺の右手をがっちり握る。
「大丈夫、桜沢は絶対大丈夫。」
それは俺を励ましているようであり、斉宮が自分を納得させるために言った・・・
そんな固い口調だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
42 / 75