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囲われて
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タクシーが止まったのは一見すると普通の一戸建てで少し拍子抜けしてしまう。それでも荒廃しているとか木が生い茂っているとかではないのに、どこか物々しい雰囲気を醸し出しているのは先入観の所為だろうか。
タクシーを降りる際、財布を確認しひやりとする。ポケットには何も入って居ない。…まずい、リュックごと大学に置きっ放しだ。田崎の携帯だけを握り締めて飛び出して来た自分の安易さに反吐がでる。
「あの、お金…」
「ああ構いませんよ、先に田崎先生からいただいています」
ほっと胸を撫で下ろしたものの、田崎は一体何者なのかというどうでもいい疑問だけが深まった。
そんな事より恭介が先だ。もし助けださないといけない状況だとして、それならやはり逃げる足も必要だ。やはりここで待っていてくれるようタクシーの運転手に頼み俺は歩き出した。
パラパラと音を立て始めた雨。雲行きはとことん怪しい。
インターホンは玄関まで行かないと無いらしい。敷地内に足を踏み入れ気持ち足音を潜めながら、周囲を伺いつつ歩を進めた。
今のところ、特に変わった様子はない。
俺は携帯電話を握り直しゆっくりとインターホンを鳴らした。数回チャイムが中で鳴る音がして、いよいよだ、と思うと同時に体が強張る。
しばらくして反応が無く、もう一度押そうかと思ったところで、ガチャリと鍵の開く音がした。
数歩下がって、ドアが開くのを待った。
ドアを開けたのは忘れもしない、あのレクサスの男だ。俺は遠慮すること無く男を睨み付ける。ほんの少しやつれたような顔をしている男は、ただの白いシャツに黒のパンツ姿だった。
「えっと、どちら様?」
「恭介どこっすか」
「名乗りもしない奴の質問に答える義務が?」
淡々とした冷たい声に苛立ちが募る。俺よりずっと大人で、俺よりも落ち着いていて、俺の知らない恭介を知っていて、恭介の足の付け根にあの、キスマークを付けた奴。
「恭介が無事かどうかだけ聞きたいんです。それ以外はどうでもいいんで。恭介いますよね?」
「いたとして、どうして君に教えないといけない?」
目の前の男の目は空っぽだった。もし、俺や田崎の心配や悪い予感がただの杞憂だったとして、2人が合意の上でこの家で暮らしているとしたら、もっと健康的な表情をしていてもいいと思うのだが。
なんだか、憔悴しているというか。
空っぽなのにやたらとその瞳の奥にギラギラとした物を感じて、俺はそれがただただ不快だった。
「…あんたが素敵な趣味をお持ちだって噂聞いたんすよね」
感情的になりそうなのを堪え、皮肉たっぷりにそう告げ相手の出方を伺う。明らかに怪訝そうな顔をした男は僅かに眉をひそめた。
「噂?」
「囲い部屋があるとか」
男の目の色がより冷たくなる。見れば見るほど端正な顔をした男だと思ったが以前レクサスの中に居るのを見た時とは少し印象が違う気がした。
あの時、優しそうな男だと思ったんだ。
俺より余裕たっぷりで俺には無い「大人」を見せつけられた気がして、だから悔しかった。
ドクドクと溢れ出すのは男に対する嫌悪感と敵意だ。それは相手も同じかもしれない。俺は一歩前に出てぐいと顔を近付けた。鋭く睨み付けた男の瞳がゆらゆらと揺れるのを見た。
「…不倫相手に本気になるとかダサいっすよ。お兄さん」
そう言った瞬間ドンと肩を押された。汚い物でも見るかのようで俺を捉える男の瞳から読み取れるのは明らかな怒りで一瞬狂気的なものを感じた。
「…生憎だけど初対面の相手に態度もわきまえられないような奴と話してる暇はないんだ。悪いね。」
今にも怒り狂い出しそうな雰囲気だったにも関わらず薄い笑みを浮かべて男は言った。
「さあ、帰って。今すぐ。」
扉を掴んでいた手を振り払われそうになり、慌てて力を込めた。閉まりかけたドアを足を挟む事で防ぎながら奥を覗き込む。覗き込んだ先は廊下が続いていて恭介らしい姿もない。さっきからちらちらと意識を向けているが物音がしたりということもなかった。
「邪魔だと言っている。これ以上居座るなら警察呼ぶよ?それとも、ああ親御さんにお迎えに来てもらおうか」
俺を嘲笑うかのような視線にかっと血が昇る。くそ、くそ、ガキ扱いしやがって。
「恭介君はね、僕を選んだんだ。…何故だかわかる?僕が大人で君はただただ青臭い子供だからだ」
反撃と言わんばかりの流暢な口ぶりに虫唾が走った。大人って何だ、子供って何だ。
「僕なら、彼を幸せにできる。彼に一心に愛情を注いであげるんだ、僕と彼だけの環境を作ってあげられる」
「あーもうごちゃごちゃうるせえ!恭介どこにいるんだって聞いてんだよ!」
もう回りくどい事は辞めだ。こんな話を聞いていても埒があかない。張り上げた俺の声が静かな空間に響くもまたすぐしんと静まり返る。男がまた容赦なく扉を閉めようとするが、必死で食らいついた。
すると突然階段を駆け下りるような足音がして、それは次第にこちらへ近づいて来る。
はっとして気迫負けしてしまいそうな男越しに奥を見ると、真っ青な顔をした恭介と目が合った。
「恭介!恭介!!!」
恭介の姿を捉えた瞬間に溢れる言いようのない気持ちが苦しくて、ただただ恭介の名前を叫び続けた。口の動きで俺を呼んでいるのが分かる。ああ、今行くから、今助けてやるから、だから。
「部屋にいろと言っただろ!」
その瞳を、俺が昔から綺麗だと思っていた瞳を、濁らせないで。お前がお前を諦めたら駄目だ。
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