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ギターを弾く男の話4
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すね毛を剃られた加藤は、鏡を見て頭を抱えた。
「ない、ないっ、これはない!ありえない!」
鏡の中にいたのはただの変態だ。赤いフリフリのドレスを着たゴツい男だ。酔いも一気にさめて、こんな馬鹿馬鹿しい店から一刻も早く出なければと思案する。
「あら加藤ちゃん、ホント可愛いわね〜。とっても似合ってるわァ。」
「嘘をつくな!お前ッ、客に向かってこんなことしていいと思うなよ!」
「げえっ、あんたこのタイミングで酔いがさめちゃったわけ?あーあ、ジュリエッタつまんなぁい。」
加藤は女になりたいわけではないのだ。すごい形相で睨みをきかせると、オカマのジュリエッタは冷や汗たらして逃げていった。
加藤はその後ドレスを脱いで、スーツを着なおして逃げるように店を出た。そのときカウンターに札を何枚か置いた。ジュリエッタは「チップをありがとう!」と言っていた。
夜の街は不健全で心地よい。ホテル街を抜けて駅までたどり着こうと歩いていると、酔っ払いの中年オヤジや若い男女がフラフラと千鳥足で歩いているのが目に入ってくる。眠らない街・眠らない人・あなたはそこにいない。加藤は頭の中で薄っぺらい歌詞を考えては嘲笑した。まるであの男の歌のようだ。
そう考えていると、後ろから声をかけられる。
「加藤。」
あの男であった。振り向くと、男はギターを背負って女を何人も侍らせている。その歯はボロボロになっていて、シャツで隠れている腕もきっと穴だらけだろうと思うと気味が悪くて何も言えなかった。いう気もないのだが。加藤が無視して立ち去ろうとすると、男はまた口を開いた。
「お前さァ、俺ともう一回付き合ってもいいぜ。」
加藤は今度は呆れて何も言えなかった。
「俺はァ、今、なんでも書ける。良い詞が書ける。良い音楽が書ける。俺はァ、マジでビッグな男だ。そのうちビートルズを超える。」
「やぁだ、まじかっこいい!」
「ね、早くホテル行こうよ。」
女の声が煩わしかった。加藤は勘違い男を上から下まで見て、過去の思い出を反芻して、心の中で判断する。
---ナシだ。これはない。ありえない。
加藤は女になりたいわけではない。加藤は男と付き合いたい意思はない。きっと、男は寂しさから女に手を出した。そして結局満たされなくて加藤に戻ってきた。喜ぶ要素はあるのだろうが、加藤の心は冷え切っていた。
「結構だ。俺はもうバンドもやめたし、お前とは赤の他人だ。その可愛いお嬢さんたちとホテルでしけこんでこい。」
「何ッ、お前ッ!」
「やぁん、可愛いだなんて!ていうかよく見たら男前。お兄さん、あたしお兄さんとヤりたいなぁ。」
「加藤さんっていうの?あたしやっぱり加藤さんと寝るぅ。」
「あっ、ずるい!あたしもぉ。」
「えっ?お、おい…。」
ヤク中と男前サラリーマンなら断然後者を選ぶだろう。加藤は苦笑いをした。男は羞恥と怒りで真っ赤になって、加藤を殴った。女はキャアと叫んで立ちすくんだ。通行人は迷惑そうにしていた。酔っ払いが集まって野次馬集団になった。
「お前ッ、お前ェ!」
「クスリをやめてりゃこんなことには…いや、やめててもこうなったかな。おまえ、ミュージシャンやめたほうがいいよ。クスリの売人か、ホテルの清掃員にでもなれ。そんで他人のセックス見てマスかいてろ。」
加藤は、自分の口がこんなにスラスラと言葉を発するのは初めてだと感動した。男はまた殴りかかってきたので、避けて顎を狙った。男はダウンした。加藤は男の持っていたギターをケースごと奪うと、男を蹴飛ばして路地裏へ追いやった。
ケースを開けると、ギターはチューニングが合っていなくて、加藤はため息をついた。チューニングをしながらブラブラと歩いていると、野次馬が何人かついてきている。ブレーメンの音楽隊。加藤は小さく笑った。
ホテル街から居酒屋街に移動して、洋風の酒場にたどり着くと、加藤は外のテーブル席でジャランとギターを鳴らした。先ほどの女たちは加藤に何か弾けとせがんだ。野次馬もせがんだ。
加藤はビートルズを歌った。
ビートルズも、俺のような薄っぺらい男が歌えば薄っぺらくなるものなのだな。
自嘲して、ギターを鳴らして、喉を鳴らして歌った。
聴衆は拍手を送った。女は「あいつよりずっと上手い!」と言った。抱いてと言われた。加藤は抱かなかった。
一曲歌い終わると、加藤はギターを地面に叩きつけた。ブオンと不穏な音を立てて、弦が切れて、ギターは壊れた。シンと静寂が訪れる。
「マスター、ビール。」
加藤は壊れたギターをケースにしまいながら言った。
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