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その時、俺は本屋でバイト中だった。
チャリン、カツ、と派手な音を立てて床に転がる小銭。本が平積みされた台の前から、レンタルビデオ屋に併設された本屋の空間に響く音。それを、オタオタと拾う頭が見える。俺の斜め前、レジはさほど混んでいない。
さて拾うのを手伝うべきか、黙って見守るか、気付かない振りしてるか。どーすっかな、前髪伸びてるし、あんまり俺の目線とかバレないか。無視だな。
「おい、客が金を落としたんだ。お前も拾うの手伝えよ。」
居丈高。仁王立ちで俺の顔を見て言ってきた男。最初にちらりと浮かんだ、拾う気はすっかり失せる。前髪がのれんになってて良かった。その強い視線から目をそらす。
「あの、大丈夫だから。もう、ほーちゃん怒らないで。」
小銭を拾ってる奴が何故か謝る。つか、ほーちゃんとやらは拾う素振りもない。何で俺に手伝わせようとする前に、自分が手伝わないんだ。呆れる。
「はあ?今からこの本屋で買い物をする客が困ってるんだ、自分のバイト代の糧になる相手の為にやるべき当然の事だろ。」
「うーん、そうなの?」
「そうなんだよ。ったく、さっさとしろ。」
さっさとしろは、小銭を拾う手を中断した相手に向けられた。前髪の隙間から窺うと、腕組みしてる。本気で手伝わない気なんだな。
「うん。ごめんね。」
ようやく全部拾ったのか、屈んでた奴が立ち上がった。俺は結局、レジを離れずに眺めたまま。それで、奴に舌打ちされた。すいませんね、出来の悪いアルバイトで。
「あ、これお願いします。」
そう言って、俺の前に置かれた本…小説なんだけど表紙が凄い。肉色の男と男の…BLコーナーにあるやつ。うん、いいや。俺には関係ない。
さっさとレジに通して、代金を受け取る。別に客がどんな本を買おうといいんだ、エロ本の一種だと思うと理解も出来る。
「ほーちゃん、待たせてごめんね。本屋付き合ってくれてありがとう。」
「いーけど。」
ほーちゃんと、この小銭君はどういう関係だろな。あんな肉色のあれな本を買うのに付き合えるってさ、やっぱそんな関係かも。
日曜日の午後、出入口へ向かう二人の背中を見ながら、俺と同じくらいの奴らの交際に思いを馳せる。…アホらしい。
なんで、気付かなかったんだろう。俺はびっくりしていた。まだ高校に入学して間も無いからって言い訳でイケるか。
「あなたのお姉さんから、花道部に入りたいって話を聞いたよ。すごく興味があるんだってね。きっと上達するよ。」
「その気持ちって大事だよね。花道の良いところは、集中力とか、センスとか、花を生けると自然と気持ちも落ち着くところかなって思うんだ。」
ほあーと、少し開いた口。渡り廊下で先輩らしき女生徒二人に捕まり、花道の魅力を一方的に語られてる。聞いてるか定かじゃない顔付きの奴は…あの小銭君。
その白い上履きのラインの色は赤。同じ一年だったのか、まさかクラスは違うよな。どうだっけ。しかし、なんでまた花道部。
「じゃあ、早速体験入部してみて!」
「女の子ばっかりだけど、楽しいよ。」
何も返事してないのに話は勝手にまとまり、奴は連行されそうだ。間抜けだな。さて、今日はバイトも無いしさっさと帰ろう。
「おい、至。何やってんだよ。」
その声は俺のすぐ後ろから。
「あ、ほーちゃん。花と姉ちゃんがどうとかって。」
いたる。小銭君の名前が分かった。
「…ふうん。あの悪魔、またいらん事を企んだな。」
つぶやく声に、不快感が混ざってる。昨日も今日も、機嫌が悪そうだ。さて、帰ろう。
俺は鞄を抱えて、下駄箱を目指して渡り廊下を進もうとした。
ダンッ、
行くてを阻まれた。つか、壁ドン。
「三鷹、お前も付き合え。」
あれ?俺の名前を知られてる。
「なんで。」
「はあ?同じクラスの奴が困ってんだよ、道徳的な問題として助けたいだろ。」
「いや、別に。全く、」
反射的に首を振る。同じクラスか?、知らなかった。じゃあ、このほーちゃんもか?
「うっせえ。お前には拒否権ねえよ。昨日は至の事を助けなかっただろうが、」
横暴。ムッとして前髪の隙間から高い位置にある顔を見た、間近に迫る顔は案外整っていてびっくりする。
「…そっちも、助けてなかったろ。」
「はあ?俺はあの馬鹿げた本を買うのに付き合ったんだよ。お前にそれが出来るのか?十分な奉仕活動だろうが!」
確かに。納得した。
「ほーちゃんと、ええっと…誰だっけ、」
いたるというこいつは、俺の名前が浮かばないみたいだ。なんだ、俺と似たり寄ったりだな。
「三鷹だ。こいつも付き合うってよ。」
「やった!三人で行こう。花がすごいんだって、どんな花だろうね。」
違うだろ。いたるとやら、話をちゃんと聞いとけや。
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