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「ただいま。」
家に着くと、真っ先に視界に飛び込んできたのが愛猫のにゃーさん。
不遜な態度で玄関のど真ん中に寝転ぶ彼女は、今しがた帰ってきた陽汰に目もくれない。
クールなおばあさん猫なので、これがにゃーさんの通常運転である。
陽汰は特に気にすることもなく、にゃーさんただいま、と一声かけて靴を脱いで玄関を上がった。
手を洗い、自室で制服を脱ぐと、やっと一息つける。
学校の敷地外にいようが制服を着ている間は気が張ってしまい、息がうまく出来ない。
それでも、学校を休むわけにはいかないかった。
今のところ皆勤賞で学校に通う陽汰にとって、居心地が悪かろうがそこが自分の行くべき場所であり通い続けることが義務であることは理解していた。
クラスメイトから陰キャラと呼ばれようが存在を無かったものにされようが、絶対に心だけは折れない。
別にいじめられている訳じゃない。暴力を振るわれたことも物が無くなったこともない。
これは、きっとすごく幸運なことだ。
「ひな、ご飯出来たよ。」
「ありがとう、いま行く。」
いつの間にか階段を上がって部屋の前まで来ていたらしい母親が、ドア越しにそう伝える。
ずっと専業主婦をしてきた彼女の作る料理は本当に美味しい。
料理上手で明るい母親のことを、陽汰は尊敬していた。
「今日も出掛けるの?」
「ううん、今日は行かないよ。」
「そっか。じゃあ、今日はお父さんが静かでいいわね。」
母親と2人、食卓を囲みながらそんな会話を交わす。
最近、学校の後に世留の家に出掛けることがあるので、そのことを言っているらしかった。
陽汰の父親は自他共に認める親馬鹿のため、陽汰が出掛けるときくと途端に面倒くさいのだ。
その度にもう高校生なんだからと言っているが、いくつになっても親は子どもが心配なんだ!と取り付く島もない。
そんな父親には、母子共々呆れていた。
「でも、友だちが出来て良かったね。いつかうちにつれて来てよ。」
「うーん、どうかな……。」
「楽しみにしてるからね、ひな。大丈夫、お父さんには内緒にしておくわ。」
そう言っていたずらっ子のように笑う母は年相応には見えず、まるで幼い少女のようだった。
出掛けることが増え、心配させてはいけないので世留のことは母親には話していた。
猫を拾ったこと、その猫を陽汰の代わりに世留が飼ってくれていること、最近は家に遊びに行かせてもらっていること。
そんな話を母親はニコニコしながら聞いてくれた。
友達を家に招いたことは中学生以来一度もない。
陽汰が周りと距離を置き始めた時期はちょうどその位からだった。
口にはしないが、きっと陽汰のことを心配していたのだろう。
でも、欠かさず学校に通っていたせいか一度もいじめを疑うようなことは言われなかった。
過保護じゃない母親の優しさに助けられていると陽汰は何度も実感していた。
「……ありがとう、お母さん。」
「なぁに改まって。ふふ、どういたしまして。」
自分には勿体無いくらいの温かい家庭だと思う。
父親が自分のことを世界で一番だと言ってくれる度に陽汰はくすぐったい気持ちになる。
でも、そんなことを面と向かって言ってくれる親がこの日本中にどれだけいるだろうか。
だから、学校は欠かさずに毎日通う。
そんな当たり前のことでしか期待に答えられない自分が情けないけれど、二人を悲しませるのは本意ではないから。
両親になに不自由ない老後を送ってもらうためにも、今は勉強をして、将来は安定した職に就く。
陽汰はそんなありふれた未来を描いていた。
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